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🦅トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」〜思わず真似したくなるその華麗な風景描写



「その日は明け方から空は暗く、今にも雨が降り出しそうだった。暑い雲が空を覆い、夕方五時の太陽を遮っていた」

「沈んでいこうとしている月は、夕暮れに昇ったばかりの月のようだ。湿った一ドル銀貨のように見える。暗闇を失っていく空は、灰色に洗われている。日の出とともに吹く風が、天国の樹の葉を揺さぶる。白んでくる光の中で、庭はその形を、物はその位置をはっきりとさせていく。あちこちの屋根からは、鳩の低い朝の鳴き声が聞こえてくる。灯りがひとつついた。またひとつ」

「夕暮れが来て、夜になった。沈黙と呼ばれる音の糸が、光り輝く青い仮面を織っていく」

「夕食どきだった。彼はどこで食事をしたらいいか分からなかったので、通りの街灯の下にたたずんでいた。突然、街灯が点り、石畳の上に複雑な光を扇のように広げた。なおも彼が立っていると、稲妻が走った。通りにいる人間がみんな顔を空に向けた。そうしなかったのは、彼と彼女だけだった。川を渡る一陣の風が、腕を組んで、回転木馬のように飛びはねて遊んでいる子供たちの笑い声をこちらに投げかける。川風に乗って、窓から身を乗り出して子供たちに叫んでいる母親の声が聞こえてくる。雨よ、レイチェル、雨よ、、、雨が降ってくるよ!花売りが、片目で空を見上げながら、雨やどりの場所を探して走っていく。グラジオラスやつたのある花を積んだ荷車が今にも壊れそうな音を立てる。ゼラニウムの鉢がひとつ荷車から落ちる。小さな女の子たちが落ちた花を拾い集めて、耳のうしろにさす。駆け出していく人間たちの足音と雨の音がまじり合い、舗道で木琴のような音を立てる。さらにドアが急いで閉められる音、窓がおろされる音が聞こえてくるが、そのうち、あたりは静かになり、雨の音しか聞こえなくなる。やがて、彼女はゆったりとした足どりで、街灯の下に近づいてきて彼の横に立つ。空は、雷で割れた鏡のように見える。雨がふたりのあいだに、粉々に砕けたガラスのカーテンのように落ちて来たからだ」

 〜トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」より抜粋

 美しい文章表現を存分に味わうことのできるトルーマン・カポーティ「無頭の鷹」。今回は、風景描写に絞っていくつか引用しました。

 どれも思わず真似したくなってしまう文章表現ばかりですが、特に最後の長い引用文【この作品のラストシーン】を読むと、「動きを捉える描写をするためには何が必要か」ということが見えてきます。

 ずばり、動きのある風景描写をするコツはふたつ。

❶的確な比喩を使って景色そのもの【空だとか、天候だとか】を表現すること
❷その景色によって影響を受ける人、動物、あるいはモノの動きをミクロで描写する

 ❶と❷を組み合わせることにより、辻邦生のいう「一回性の描写」が完成する。これが世界を創造する描写であり、その世界に登場人物を溶け込ませていくこと。これが一流のエピソード描写力なのだと思う。

 これは別にカポーティだけに限らず、トルストイや、ヘミングウェイや、トーマス・マンや、あるいはゲーテの作品の中にも無数に出てくる。

 普遍的なテーマを深く掘り下げる力と、一流のエピソード描写力。この二つの力の組み合わせが時代を超えて読まれる名作を作り上げるのだろう、と改めて思いました。

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