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中国医療保険制度の歴史的変遷 に関する論文3篇について

 中国の医療保険制度を考えるうえで、重要だ思われるのは、中国が社会主義市場経済を始めるまえの、計画経済の時代に、医療保険の体制が一旦整備されたことである。今日中国の医療保険制度を見ると、いろいろ我々の制度との違いにとまどうが、この計画経済の時代の、医療保険制度がそれなりに国民全体をカバーするものとして、成立していたことを記憶する必要がある。その制度を市場経済に合った形に作り変える過程に中国はある。しかし結果として、計画経済時代の名残が、現行制度に残されていると考えると違いについて得心が行く点が多い。
 少し調べたところ、文献はたくさんある。ここでは以下の3つを使い、読み取ったことのメモを作った。
① 赤坂真人 中国医療保険制度の歴史的変遷 吉備国際大学研究紀要(人文・社会科学系)第27号, 2017年, 1-12
② 周文君 中国における医療保険制度の変遷ー重層的な医療保障システムのあり方ー 川崎医療福祉学会誌第27巻第1号,  2017年,  1-12
③ 包敏 中国における医療保障制度構築の試み 東京医科歯科大学教養部紀要第52号, 2022年, 25-38
 まず①赤坂論文から。久保英也編著『中国における医療保障改革』ミネルヴァ書房2014年。それに馬欣欣『中国の公的医療保険制度の改革』京都大学学術出版会2015年。への参照指示が多い。馬欣欣の仕事が画期的であったことが意識される。
 計画経済下、そして市場経済移行期に分けて説明されている。近年については医療の市場化に伴い、病院の利益追求の姿勢が強まり、過剰検査、過剰処方、薬品会社と病院との癒着などの問題。自己負担の導入や、給付に上限を付けることには、このような医療の市場化に問題への対応の側面がある、との指摘が行われている。
   まず計画経済化下の、労働保険制度、公的医療保障制度、農村合作医療制度については「それまでの公的医療制度が存在しなった中国に合って、これらの制度は有効に機能し、当時の都市、農村における死亡率を大きく低下させ、平均寿命を伸ばすことに貢献した」と高く肯定的に評価している(赤坂p.2)。
   国有企業の労働者を主たる対象とする労働保険制度については助成金と保険料を雇用主(国有企業を指す)が国家に納付することに着目。国家保険と言うべきものとの評価を与え、それが文革により企業別保険に変質したと指摘している。
 「1950年代、企業が保険金を国家に上納していたため、実質的には「国家保険制度」というべきものであった。しかし1967年の文化大革命の勃発により中華全国総工会の管理機能がマヒしたため国家保険から企業がそれぞれ自己管理する「企業別保険制度」に変化していった。」(赤坂p.3)
    そして政府に雇われる者を対象とする公的医療保障制度。こちらは財源は全面的に国家。労働保険制度と公的医療保障制度、いずれも国が基本的に財源をみるもので、給付内容も手厚いものであった。
 これに対し農村に設けられたのは、農村合作医療制度。前二者と比べると国からの財政援助がなくあくまで、農民の「互助的共済医療制度」だっ(赤坂p.3)。医療サービスのレベルも低かったがそれでも「大きな効果を発揮し」平均寿命を伸ばすことに、貢献した(赤坂p.4)。
 1979年以降の市場経済の移行期。無料の医療制度は維持できなくなり、個人負担が登場した。政府予算の抑制から独立採算の側面を強めた。またすでに述べたように労働保険制度は企業単位に運営されるようになり、給付額が多様化した。都市内で医療保険の外に置かれる人が増加した(外資企業、民営企業で働く人 国有企業から解雇された人 所属国有企業は破綻した人)。病院自身が利益追求に走るようになった(過剰検査、過剰処方、薬品会社との癒着)。財政負担を嫌う政府は負担に上限を導入へ
 1998年都市労働者基本医療保険導入。公費医療保険制度を廃止し、労働保険と公費医療保険制度とを統合。社会プール基金、個人口座、個人負担の3つの財源。
 雇用主が賃金総額の6% 従業員は2%を保険料として負担するもの。
 雇用主の支払いは7割が社会プール基金、3割が個人口座。
 従業の払うものはすべて個人口座に。
 賃金総額の10%までは自己負担。400%超えるものも自己負担。
 10%から400%の間を保険が一定補填する
 また指定医療機関をあらかじめ登録した範囲に限定。
 2007年に都市住民基本医療制度導入。こども、非就業者を対象とする任意保険。農村からの出稼ぎ労働者も加入できる。保険料と政府の補助金が財源。給付水準が都市労働者基本医療保険に比べ低い。
 農村部では改革開放により人民公社解体。その医療制度も事実上機能を失う。農村では医療費が全額自己負担に。政府は合作医療制度の機能低下を放置。なお比較的豊かな農村を抱える省では農村合作医療制度が維持された。
 新型農村合作医療制度(2003年から試行が始まり2006年から推進)。保険費と政府の補助金が財源。任意であるが加入率は98.7%(2014)。社会プール基金と家庭口座に別れ、政府の補助金は社会プール基金へ、加入者の払う保険費の8割が家庭口座へ、2割が社会プール基金に。入院や重病の場合の保障に重点があるとのこと。
 なお以下の二つが紹介されている。2012年11月の18回党大会で胡錦濤は国民皆保険の目標をほぼ達成したと宣言。また2016年3月の政府活動報告で李克強首相が、都市・農村住民基本医療保険制度の統合を宣言した。

 この①をベースの知識として②周論文を読んでみる。まず著者の所属は上海中医薬大学である。最初に計画経済のときの3つの制度について、総人口の70%をカバーするものだったという(周p.3)。労働保険制度、公的医療保険制度にについて、入院時の医療費はカバーするのだが、そこに食費は含まれていないとの指摘をしている。
 そして改革開放に入ったときに、これらの制度が無料の医療制度だったために、「過剰受診や医薬品の過剰消費」「過剰提供が生じ、政府の財政がひっ迫する事態」になったと指摘する(周p.4)。(適正なコストを要求する必要がでてきた。無料という言い方の別の言い方は自己負担、自費負担がないということである。つまり無料であることの弊害を是正する必要から、一定の自己負担を求める医療保障制度への移行が必要になった。福光)

 また新型農村合作医療制度について、これは世帯で加入するもので「2010年末にはほぼ全国農村に普及した」としている(周p.5)。
 「2015年で都市部従業員基本医療保険、都市部住民医療保険、新型農村合作医療制度を合わせてカバー率は97.1%になっており、数字を見れば皆保険が達成されたように見える。しかし、この3つの医療保険制度は受けられる医療サービスに格差が存在しており、今後の、この格差を解消していくことが課題になっている。」(周p.6)
 (2023年2月の白髪運動では、高級公務員向けの医療制度の存在が話題になった。周が以下で紹介している「公務員補助制度」がそれを指すものではないか。福光)
「新三本の柱の保障内容は限られており、医療保険システムを構築する中で、収入の格差に伴う多様な医療ニーズを満たすためには、それに対応した補完医療保険が必要となる。」(周p.6)
(そのうち)「公務員補助制度は、国家行政部門などの公務員を適応対象者とする特別支援制度であり、資金調達と給付水準は計画経済期の公費医療の支出と行政部門の財政能力により確定し、各行政部門の年度財政予算に組み入れられる。」(周p.6)
(明らかに廃止されたはずの公費医療制度が公務員補助制度として一部残されているように読める。福光)
 
①②をベースに③包論文を読む。包は公的医療保障を論じる所で、軍隊について触れている。「軍隊は独自の体系を築き、医療保障は公的医療制度を採用するが、経費は国家公費医療経費に計上せず、国防費に組み入れてある。」(包p.27)公的医療保障制度について
「中国における公費医療制度は」「基本的に直接無料医療保障型である(個人は受診受付料だけで済む)。受給範囲内の対象者の健康及び疾病の治療を保障するだけでなく、医療保障の無い親族(両親と未成年の子供)も半額んどの優遇措置を実施した。(包p.27)
農村合作医療制度について「保険の内容は、農村住民が受診する際、1-5割までの診療費が免除され、薬剤の費用は自己負担であるが、慢性疾患の場合、5割給付された。」(包p.28)「1976年、中国全土で9割以上の農村住民が同制度に加入、農村住民の医療問題が基本的に解決できた。20世紀80年代に入り、中国の農村では生産請負制度の実施により、集団経済に頼れなくなった同制度は次第に崩壊し、2002年以降、中国政府は再び農村合作医療制度を重視するようになったものの2010年新型農村合作医療制度の設立でようやく全農村住民をカバーする医療保険制度ができた。」(包p.28)
新型農村合作医療制度について「給付の内容は、重病医療の保障であり、重病に罹った際、治療費の一部が本人(家族)に給付することを基本としていたが、各地方によって給付基準は異なる。その他、外来治療費の一部補助がある。」(包p.32)
大病保険制度について「2012年から都市部・農村部の大病保険制度が試験的に実施され」「大病保障を強化することで、患者を抱える家庭にとり支払不能な医療支出を防ぎ、病気による貧困に陥る現象を防ぐ役割を果たすようになった。」(包p.34)


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