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読書会で文章を書くようになる

1980年代後半、わたしはアメリカ留学をもう一度したいと考えていた。景気は良く、仕事を気に入っていたのでそのまま東京にいるというのも選択肢としてあった。28歳で結婚をして、長男が生まれた。いまならだれもがアメリカにいこうとは考えない。ただ、当時、アメリカにいって大学院で修士号を取得するというのは、なにものにも代えられないチャレンジだった。幸い女房は賛成してくれた。

投資銀行といういまではもうなくなってしまった形態の銀行に勤務していた。そこで上司に何を読んで準備をしたらいいかを聞いた。わたしの上司は、アメリカで博士号を取得し、10年間ビジネススクールで教えていたひとだった。彼の下で4年間働いた。上司はすぐさまある雑誌を推薦してくれた。

The Economist を読みなさい。よく書かれている。書くにはたくさん読むことだ。そうしないと書けない。そういって1冊渡してくれた。

何度読んでも理解不足だった。何が書いてあるのかわからない。当時、私はあのような雑誌を読みこなすだけの文章読解能力も実務経験もなかった。そして数週間、上司の雑誌を借りて、コピー機で記事をとって電車の中で読んだ。それでもわからない。そんなことが続いてあきらめてしまった。

あれから25年くらいして、ある女性から英紙エコノミストを読む会というのがある。そんなことを知った。2011年のあの寒い冬で雨の中、ベローチェでいっしょにコーヒーを飲みながら。不思議になにかピンとくるものがあった。それでしばらく気になってしかたなかった。はたしてあれを読みたいというひとが東京にいるのだろうか。まず理解できるのか。そして何のために、どんな人が集まってくるのか。

あのときは仕事で10年近く、英語で議論をすることから離れていた。そのため読書会に参加するだけでも3か月かかった。そして前に出てファシリテーションをするにはさらに3か月。しかも周りは30代で海外留学をしたい人、してきた人であふれていた。日曜日の朝8:00、渋谷の会議室に集まるという。それはだれも参加してこないだろうという恐ろしい読書会だった。

そのとおりで、集まってくる人より、脱落していく人の方が多かった。これを長く続けるのはだれだろう。そんなことも頭をよぎった。そして1年くらい経過したころに、この読書会を始めた人からこんなことを聞いた。

「The Economist を10年読めば何かが変わる」

なんじゃそれは。ほんとうなのか。そんな疑問があったにせよ、とにかく脱落するのは嫌だった。一度、20代であきらめてしまった。そしてまたあきらめるのは嫌だった。そうして、来る日も来る日も、必ず、ひとつの記事を読むようにして習慣化して、読書会を励みしていった。

6年位した頃だった。それでもよくわからない。こんなはずはない。かなり途方にくれた。そんなころ、千葉県柏市にある麗澤大学で文章校正を解説する本を読んだ。50歳を過ぎて寒い2月に朝から夕方まで国立大学の国語の入試問題を解くのはわたしくらいだろう。そしてその解説を読んでみるというめずらしいことをしていた。解説には文章を理解するための図式化があった。あれで文章の構造をみるというきっかけをつかんだ。

そして2年後の2019年。わたしは、なんとしてもこの読書会で得たものは何かということを必死で探してみた。読書会をはじめてからすでに7年が経過しており、10年が経過するにはあと3年しかなかった。3年でなにができるのだろう。なにも変わらなかったら、やった意味がないのではないか。

なにかやろう。そんなところで始めたのは、記事を図式化してみることだった。そしてそこから自分のストーリーをつくりあげ、どこかに投稿するということだった。これを毎週ひとつ、アメリカのライターが集まるプラットフォーム、Mediumに投稿しようという、やや無謀なことを始めた。とにかく書いてみて、投稿しよう。毎週1つ、年に50本くらいで始めてみようというざっくりとした計画を立てた。そして続けている。

一般の読者にはこういう無謀なことは進められない。ただし、わたしは、どうしても何かが変わるはずだと思い込んでしまった。決して書く人ではなかった。書くことを仕事の基礎にしているとはいえなかった。

そういったものが、記事を読み、そこから考えて文章を書く。最初は、苦しみというよりは、途方にくれるような毎日だった。途方にくれるととにかく散歩をした。公園を散歩して、頭の中にぎっしりと詰め込んだものをひとつひとつ選び直し、捨てて、整理していった。

そしてなぜか、公園にある木をながめる時間が長くなっていった。背の高い木をずっとながめているとそれが文章をスケッチしたイメージと似ているのではないかという錯覚を起こした。幹をながめ、枝をながめていると次第に落ち着いていった。しばらくするとよし書こう(タイピング)をしようとパッと起き上がり、パソコンに向かった。

そんなことを3年ほど繰り返していると記事の投稿数は130を超えるようになった。書くこと(タイピング)は、生活の一部になろうとしている。もちろん、英語の雑誌を読む範囲も広がった。いまでは、英紙エコノミストに加え、NYTやWSJを参考にしている。それぞれに論調があり、比較購読するのはよいことであろう。ある雑誌をまんべんなく読むよりは、関心のある記事を選んで、新聞・雑誌間で比較する方がいいのかもしれない。

ただ、これはあくまでも練習であって、よく書かれた本を読むことの前提になろう。それでもよく書かれている文章を読む。それは投資銀行の上司が授けてくれた教え、そのものだった。とにかく十年は続ける。そうすると何かが変わる。わたしにとっては何かが変わるとはほんとうだったといえる。

この何かというのはひとによって違うであろう。文章を早く理解できるようになる。議論に強くなる。さまざまな視点を学び、提供できるようになる。思考の幅を広げる。関心はさまざまであろう。どのようなことであれ、読書会に参加しつづけ、継続をしたならば、おもわないことが起こりうる。

ちょっと書くことをしてみる。書くことを仕事の基礎にする。書くことを生活の土台にする。それがどんな効用をもたらすかはやってみないとわからない。頭の中で考えを醸成し、なにかしらの表現の形を体得していく。

あの読書会を主催していた人が、今日、政策大学院のオンラインイベントに登壇する。あれからどうだろう、8~9年はすっかり会っていない。こういう機会にスクリーン越しに会えるとは考えてもいなかった。

読書会をきっかけに文章を書くようになる。あの読書会が教えてくれたことだ。