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マクロ経済学にのめり込まない

35年前の東京でのこと。正確には1987年2月でその年月でありわたしはスイス銀行東京支店で著名なエコノミストの部下として働き始めた。帰国前にアメリカのミシガン大学というところで少しだけ経済学を勉強してきた。それでわたしにとってはなにものにも代えがたい職場と上司に恵まれていた。上司はいまでもペンシルベニア州のウォートン・スクールで経済学を教えている。バブル経済ということで新卒のわたしですら待遇がよかった。

わたしは上司からあらゆることを学ぼうとしてがむしゃらに仕事をした。1991年に退社してビジネススクールにいくまで4年間という月日を毎日経済学と金融のことだけを考えて過ごしていた。今日に至るも経済学のことはよくわかっていない。しかしあれから35年が過ぎて10年間大学の経済学部で講義をしたことでなにか大学生に語れることはないか。それを考えることがある。実務経験と学識からひとつくらいはありそうだ。

そのひとつはよほどのことがないかぎり実務でマクロ経済学にのめり込まない方がいいということだ。

あるオンラインイベントで中国の経済成長はピークに達しつつあるのではないか。そんな経済予測について話をする機会がある。1978年にはじまった門戸開放と経済改革により中国は過去40年間平均9%の経済成長を続けてきた。それにより8億人が貧困から抜け出したという。今日中国は世界のGDPの5分の1を占める。

しかしながらどうも成長に限りがありピークに達するのではないかという憶測があるという。その憶測には経済統計に基づく根拠がある。すでに人口減少傾向に入り労働人口が減り始める。子供がうまれていない。かつては一人っ子政策により子供を産むことが許されなかったが2016年にその政策が解除された。でも子供を産んで育てる資金的余裕がない。

労働生産性に上昇も見込めない。アメリカの約半分にまで上昇してきた生産性も国内の住宅、道路や住宅、そしてあらゆるインフラへの投資を過剰にしすぎたことで利潤が伴わなくなってくる。

そういった理由からかつては中国がアメリカのGDPを抜いて経済大国になるといっていた予測がいくつも下方修正されている。経済予測が著名な機関や学者からいくつも発表されている。

ただしこのような予測についてのめり込んで調べる必要はない。よほどもの好きでない限り。その理由は予測の出発点、計測の方法、企業業績や個人の報酬への影響といったことがあげられる。

まずは予測の出発点がある。どういうことかというと予測をするひとたちが楽観的か悲観的かとことに依存する。楽観的な人はいつまでも成長すると考える。その考えを変えることはまずない。悲観的な人は過去のデータを見ながら慎重に考える。慎重にトレンドを見て将来どうなるかをじっくりと考える。いきなり楽観的になることない。ありえない。こういった予測をする人の性格に基づいて予測の理論と根拠がつくられることが多い。

10年以上前に中国の経済成長をしたときにコロナ過やウクライナ戦争のことを加味して将来予測をした経済学者はほとんどいないであろう。いたとしてもそういった事態を加味して予測を立てたのならばそれだけたくさんのシナリオがつくらていたはず。つまり経済予測はそれほど当てにならないということだ。将来の予測はしないほうがいい。

次に経済成長を支える指標とその選択。これはかなり恣意的に用いられており予測論者の主観的な判断により選ばれている。場合によっては都合のいいように選択されている。中国の経済成長を3つの指標で計るということだけでも少しは理解できよう。人口動態、労働生産性、そして国内総生産だけで成長がピークに達したということはなかなかいえない。経済学者の中でもこれらの主要指標だけでは包括的な予測手法ではない。そういう批判を受けている。

であれば経済指標の数を増えせばいいではないか。そういった批判もあるがむやみにそれをすれば話をより複雑にしてしまうだけであろう。

そういった批判があるため民間企業はマクロ経済では動いていない。たとえ中国の成長がいずれ止まるであろうということを説いたところで自分たちの会社の業績や個人の報酬にどの程度影響が出るわけでもない。ほとんどでない。3年くらいはまったく事態は変わらないであろう。であれば個人の給与をあげるために経済学部に所属している間にできることはなにか。マクロ経済学は理解するくらいにとどめておいて財務や会計そしてコンピュータスキルを磨いていた方がいいであろう。そちらの方がよっぽど年収に差がつく。

マクロ経済学にのめり込まない方がいいのなら経済学部の学生は経済学でなにを学んでおいた方がいいだろうか。ミクロ経済学をみっちり学んでおいて損はないということだ。なぜならミクロ経済学で学ぶ理論は企業行動や労働市場に近いことをするために役に立つ。産業構造や競争原理といったことも触れている。なにより統計処理をするために統計学が必要になること。コンピュータをつかってデータ解析をする。

そのときに理論を構築、証明することが企業で働いてから役に立つ。たとえ会議では話されるようなことはなくても論文や解説本を読むときに理解できるようになる。データサイエンティストになる唯一の学部といえよう。それ以外にはあまり役に立たない。

それでも企業戦略、組織行動、リーダーシップといったあやふやな落とし穴にめり込まない方がいい。財務と会計、そして統計学をしっかり身に着けておく。金融機関に就職する。それが近道であろう。

わたしはスイス銀行でエコノミストの下で働いた。経済統計を見ながら上司のいうことを聞いてその数値をコンピューターに入力した。はじめはその数値からグラフをつくり上司のいうことを理解することだけだった。しかし途中から上司が経済モデルをつくろうといいだした。計量経済学など何も知らなかった。同時まだそれほど機能のなかった表計算ソフト(Lotus123やSYMPHONY)を使いIBMのどでかいデスクトップとがっしりとしたモニターを見ながら仕事をした。

そのときは仕事で忙しくほとんど振り返ることはなかった。しかしこうやって35年の月日を経て彼が言ったことを思い出し自分の実務経験と知識から何がいえるか。それをまとめて書くようにしている。