やばい国に住みたくない人に

日本の若い人は最近海外に住みたくない人が急増しているらしい。なぜなら海外は危ないというのが外国語が苦手なんかよりも多い理由とか。

どのくらい海外が危ないかは置いといて、やばい国には住みたくないというのは理解できます。でも、ホントにやばい国なんてそんなに多くはないんだけれどね。

ところで、日本人がやばい国として真っ先に思い浮かべる国はどこでしょう。多分北朝鮮じゃないかな。

その北朝鮮、『150カ国・地域で30万台以上のコンピューターに感染した身代金要求型ウイルス(ランサムウエア)「WannaCry(ワナクライ」による世界的なサイバー攻撃が北朝鮮と関連している可能性を示す技術的証拠を発見したことを、サイバーセキュリティー専門家は明らかにしている。これに対し、北朝鮮は「ばかげている」と一蹴した。』とロイター通信が伝えていました。

北朝鮮は証拠をつかまれても「ばかげている」と一蹴。。。

以前話題になっている別の件とよく似ています。

加計学園が国家戦略特区に獣医学部を新設したのは「総理の意向」だと書かれた文部科学省の資料の存在を朝日新聞が記事にしました。

この証拠を政府は「怪文書だ」「ばかげている」と一蹴しました。

どうですか、そっくりでしょ。

日本で何かと話題な共謀罪。実はこの法律、国連(国連特別報告者)からも「やばいんじゃね」と安倍首相宛に質問状が送られていました。

国連特別報告者とは国連人権理事会に報告する任務を果たす人権の専門家です。菅官房長官の言うように(趣味で?)個人で調査してるわけではありません。

国連では調査が恣意的にならないように第三者的立場の調査報告者を任命します。当たり前の話だけれど、国連には公式に「日本は逆切れしてまじやばいです」と報告されました。この辺りの経緯はフランス、アメリカを始め世界中のの新聞でも大きく取り上げられました。

実際日本は基本的人権の認識が「警察の無理な拘留のやり方などから」大変遅れている国として国連では有名なようです。(過去に国連人権理事会での日本の人権大使が「日本は世界一の人権先進国だ!黙れ!」と怒鳴り散らした失態は笑い話にもならないレベルだったと記事になっていました。俗に言う「国連シャラップ事件」。)

さて、日本ではマスコミがきちんと報道していないので共謀罪の何が問題なのか理解していない人(特に賛成派)が多いみたいですね。

テロを防止するための新しい法律を用意するのはもちろん必要なことなんだけれど、政府が用意した共謀罪は「あいまいで(不必要に)広範囲な法定義のため、言論の自由と市民のプライバシーが守られる保証がなく、取り締まりや逮捕の暴走を防ぐチェック機能が乏しい」ことが問題なのです。

特にチェック機能の部分が欠陥と判断されていると思います。

つまりテロから日本を守ることは当然だけれど、問題となっている箇所はこの法案が(暗に)含んでいる危険な運営に関する可能性の部分なのです。

「他の国にも共謀罪あるんだろ。なんで日本だけケチ付けられるんだ」と言う人もいますが、他の国では裁判官のチェックが(日本と比較にならないくらい)厳しかったり、第三者的な特別な審査機関がある国もあります。

国連からの書簡には上記の心配される問題点に「より明確な法運営の計画を教えていただきたい。もし必要であれば国際スタンダードに合致するよう法整備の助言もさせていただく」と懇切丁寧に書かれています。

この質問状に菅官房長官は(日本の国内での体裁を保つためだけに)「俺たちは正しいんだ」と強く抗議したと会見しました。

もし絶対的な正義があるなら、なぜ国連側の質問に真摯に答えないのでしょうか。なぜ国連も納得するような法案の説明なり修正をしないのでしょうか。

このような過程を経て、冒頭の北朝鮮のサイバー攻撃記事でも引用したロイター通信が『国際的に見て水準以下な部分を手直ししたら?と国連が心配する共謀法を日本では国会で過半数を握る安倍が強引に採決』と記事にしています。

続報では『日本からの返事には質問に対する中身が全くなく、ただ逆切れしただけで(国際的人権保護の立場から)危険な法律が可決された』と記事になっています。

つまり国際社会では「ちょっと最近の日本やばくね」と心配されているわけです。どこかの国みたいでしょ。

日本にいれば連日「日本すごい」的なテレビ番組を見て、住みやすく、治安が良く、美しい国でよかったと思えるんだろうけれど。

でも、日本のマスコミはものすごく偏った報道や、報道とも呼べないワイドショー的記事で溢れ、現在の世界情勢の中で客観的に日本の立ち位置の情報を与えてくれることはホントに少ないということを頭に入れておいた方がいい。

なので、時々海外の報道にも目を通すことをおススメします。視野を広げておくことがますます重要な時代になります。ロイター通信、ワシントンポスト、BBC The New York Timesなど。The Milano Timesはあまり役に立たない。

だって、日本人なら北朝鮮や中国の国内での報道よりも、その他の国の世界スタンダードな報道の方を信用するでしょ。同じことです。

日本国内の問題でも、時々海外でどんな風に報道されているのか見ると、国内での報道との温度差に驚くことも多いと思いますよ。

最終的な判断は自分の頭で考えるしかないんだけれど、せっかくのネット社会なんだから、情報源も広くした方が世界観も広がるってものです。

だって、海外は危ないから日本から出たくないと思っているあなたが、実は世界から「最近の日本は危ない」と思われてるなんて言われれば、ちょっとショックでしょ。実際、近年の日本のヘイトスピーチなど、人種差別が酷いのは海外でも既に有名な話です。

まあ、若い人に忌野清志郎を聴けとは言わないけれど、ジョン・レノンとか普通に聴ける世界に住みたいよね。(余談だけれど、ジョン・レノンは愛と平和のムーヴメントの象徴のような立場にいたため、当時CIAからマークされていたんですよ。平和運動の暴動、革命とか起こる心配から。)

安倍総理は改憲に向けて意欲満々ですが、危機管理という表向きの話の裏で海外では日本の極右化に懸念する報道が多いのです。

日本国憲法第9条に自衛隊の存在が明記され、軍事拡大に歯止めが利かなくなると心配する人は日本国内外に沢山います。

個人的には、「この国の憲法9条を知っているかい。戦争はしない。戦争に加担しない。愛と平和なんだ。まるでジョン・レノンの歌みたいじゃないか」という忌野清志郎の考え方により共感します。

清志郎はこんなことも書いています。「地震の後には戦争がやってくる。軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。国民をバカにして戦争にかりたてる。自分は安全なところでえらそうにしてるだけ。」

軍事拡大に歯止めが利かなくなり、本当に日本が戦争に突き進む時代が再来すれば、戦争に駆り出されるのは今威勢のいいことをネットで書いている若い人達です。おいらはもう歳なので招集されない。多分。

テロ対策と戦争は話が違うだろと思うかもしれません。でも共謀法はなぜ危険なのか、それはみんな歴史で習ったことがある治安維持法にそっくりだから。

当時は権力側が「こいつは赤(共産主義)だ」と決めつけるとみんな逮捕されました。拷問され殺された人もいます。上記の国連からの指摘の部分でチェック機能がないのが危ないと指摘されているのは、このような事態への心配なのです。

つまり、一旦警察に目をつけられると基本的人権に沿って捜査の正当性を司法的にするべきチェックもほどほどに、だれでも逮捕されてしまう可能性があるのです。逮捕令状がばんばん出せるシステムなのです。だって、まだ犯していない罪でも「お前はこういうことをしようとしていた」と主観的に罪を被せられるのですから。

そんな時代が来ないことを祈りますが、日本の政治の流れがそういう方向に向かっているのは残念ながら明らかなんですね。

盗聴法しかり安保法制しかり。今度の共謀罪で法的な外堀は埋めたと総理も喜んでいるはずだ。あとは改憲(9条)で「自分は安全なところでえらそうにしてるだけ」な状態が完成します。

もちろん将来的に日本が戦争に巻き込まれることがあれば軍事力を持つのは必要じゃないかという議論もあります。でもそれは本来言論の自由やプライバシーとは次元の違う話です。それが共謀罪で一元化されたわけです。

でも今の日本は安定してるし、野党は信用できないしという人も多いと思います。でもね、今の政権の中心の人達は裏で「国防軍を作る」とか「基本的人権や国民主権の制度は要らない」とか「平和主義は国民がおじけづくから要らない」とか言ってる日本会議という極右カルトな人達なんですよ。嘘だと思ったらYouTubeで探してごらん、ホントやばいこと言ってるから。

ただ政府を支持してるから共謀罪賛成と勢いづいている人は、一旦戦争に巻き込まれた時「でも総理が守ってくれる」と思っていたら、国を守るために駆り出されるのが自分だったと知った時、やっと「どうして反対する人がいたのか」を理解するでしょう。

そんなことにならないために、そんな国にしないために、微力ながらおいらの考えていることを書きました。

清志郎は(これは反原発の流れでの歌詞だけれど)こんなことも言っています。「安全は守れねえ、卑怯者には守れねえ、意気地なしには守れねえ」

ツイッターでこういう話に首を突っ込むと「まだこんなこと言ってるマヌケがいる」と罵倒されます。共謀罪で「パヨク一網打尽」と大喜びです。でも言論の自由に対する懸念対象は右も左もないことに気付いていませんよね。監視されるのは全ての日本国民です。(ただし総理とオトモダチを除く)

国籍、人種、イデオロギーなど関係なく、人々がもっと平和に隣人と接することが出来る社会になることを切に願います。

Peace & Love








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