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ジブリは手売りが基本?

お気に入りの小説家本人から直接、手紙を貰ったことがありますか? 僕は——ハガキですが——1度だけあります。

その小説家の名は小檜山博(こひやまはく)。僕には、JALに乗れば機内誌の浅田次郎さんのエッセイの連載を、JR北海道に乗れば車内誌の小檜山博さんの同じくエッセイの連載を真っ先に読むのが何よりの楽しみという、けっこう長い一時期がありました。浅田さんからはその洒脱な筆の進め方や唸るような結末のつけ方に多くを学んだり、影響を受けたりしましたし、小檜山さんからはその朴訥とした荒削りの文章の中に、どうあがいても僕には真似できない諦観のようなものを、あるいは、文章表現は詰まるところ生き方、生き様の問題という現実を学んだような気がします。

その、我が愛する二大小説家のうちの一人から、直筆のハガキをいただいた経緯はこうです。

いまからもう20年近く前、僕は北海道ふるさと回帰支援センターというNPOの名ばかり理事をしていました。東京や関西などの大都市圏から北海道へのUターンやIターンをもっと促進しよう、というミッションの下に組織された団体で、この団体の初代理事長こそは小檜山博さんだったのです。

ただ、想像するに、小檜山さんとておそらくは僕を団体に引き込んだ「サトウさん」に請われるがまま就いた「名ばかり理事長」だったのではないか。それが証拠に、時折開かれる団体の理事会や運営会議の場に小檜山理事長の姿をお見受けしたことはついぞなく、事務局のサトウさんが「理事長代理」として、会議を仕切るのが常でした。小檜山博ファンとしてはその一点が不満でしたが、いつかは会える、との期待に胸を膨らませ続けてもいました。

さて、同NPOの理事になってすでに1年近くが経とうとしていたある日、団体の理事会だか会員総会だかに少し遅刻して参加してみれば、「開会の挨拶」がすでに始まっているではないですか。で、マイクを握る初老の男性こそは、他でもない小檜山博理事長その人だったというわけです。

正直、スピーチの内容はよくは覚えておりません。ただ、会の終了後、喜び勇んでご挨拶をし、名刺を差し出したことだけは確かです。その後、二言、三言交わした会話も、残念ながらまったく記憶にありません。

それだけに、「名刺交換」からほどなくして、恐らくはご本人の手書きに間違いない、といまも信じて疑わないのですが、小説家・小檜山博直々にハガキが届いたときはたいそう驚きました。

内容は、ずばり、近く(2006年のことです)「小檜山博全集」が刊行されるので、ぜひとも予約購入を検討していただきたい旨の、率直なお願いでしたが、まごうことなき小檜山節が「お願い」ハガキの文面全体を覆っていたのでした。

その後、僕は、「予約購入」こそしなかったものの、ほどなくして札幌駅隣接の紀伊国屋書店に入荷するのを待って全集全8巻を箱入りで一括購入したのでありました。

小檜山博全集


2年前に大学を早期退職し、東京に戻った際、蔵書を徹底的に断捨離しまして、いまではその冊数はかつての1/20くらいまで減らしたのですが、どっこい小檜山博全集はいまも自宅の書棚のほぼ中央に収まっています。正直、全集の頁は未だ一度も捲らずにいますが、その気になりさえすれば、小檜山博の世界にいつでも没入できるという、このけっこうな身分がとても気に入っています。

さて、小檜山博さんから届いた一枚のハガキには、大きな気づきがありました。一言で言えば、それは、小説を売るのは出版社でも書店でもなく、書いた当の本人だ、という当たり前といえば当たり前のこと(?)です。

東京の我が家から徒歩圏に三鷹の森ジブリ施術館がありまして、僕はかつて、当時は館長、現在は館主の中島清文さん(元スタジオジブリ社長)に、所属する学会のニューズレターの編集人としてインタビューをさせていただいたことがあります。ジブリアニメはなぜかくも大ヒットするのか、という問いに対する中島さんの見解は実に意外かつ明快でした。

「いい作品をつくり、きちんと宣伝して、真面目に営業する。……ジブリはこの3つの基本的なことを、不器用なまでに手を抜かず、とことんやっているということに尽きる*」

*出所: 日本NPO学会ニューズレター(2016年3月号)「あの人にぶつけてみた7つの質問:中島清文さん」
https://www.janpora.org/newsletter/pdf/nl65.pdf

小檜山さんも、中島さんも、作家たるもの「ちゃんとつくる」のは当たり前で、その先の「ちゃんと売る」にまで責任を持ってこそ、ということを異口同音におっしゃっていただいた気がします。要は、作品は手売りが基本、ということでしょうか。

もっとも、ならば、ジブリの最新作の「君たちはどう生きるか」の大ヒットは——公開まで事前の告知や宣伝を一切やって来なかったわけで——ジブリのマーケティング・セオリーの例外なのか、という声が聴こえてきそうです。

ジブリ側の人間でない以上、想像にしか過ぎませんが、前作の「風立ちぬ」以来10年ぶりの宮崎駿作品に対する世間の飢餓感に対し、「まずは、予断を持たずに作品を観て」との無言のサインを送り続けることは、「今度のは、想像以上に凄いよ」とのこれ以上ないメッセージたり得た、つまりは最善の宣伝だったと思えて、これはこれで「ちゃんとした売り方」なのだな、と感心することしきりです。

もっとも、コミケにせよ、YouTubeにせよ、noteにせよ……若い世代の創作の現場では「手づくり&手売り」が基本中の基本。これなら、いまの僕にもできるのではないか……ほら、みなさんと同じ勘違い野郎がここにも一人。

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