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【小説】コウレイシャカイ 第十二話(創作大賞2023・イラストストーリー部門応募作品)


「······logオと∫ジュリエットdxですよ。タイトルだけで面白いじゃないですか!絶対生で観たいって思ってたんです!だからいいタイミングで戻って来られました!」

 助手席で興奮気味に話す赤髪の少女の話を、フレイヤはただ黙って聞くことしかできない。本当だったら、その少女だって友だちと一緒にその劇に出ていたはずなのだから。

「監視役っていっても、わたし悪いことしないって約束します。だからフレイヤさんもlogジュリ観ますよね?」

 何の屈託もない笑顔を向けられて、フレイヤは一層言葉に詰まった。自分を殺した人間に、この少女はどうしてこんな表情ができるのか。ハンドルを握る手は汗ばみ、全身に不自然な力が入る。

「私は······そんなことしていい人じゃない。だって私は君を」

「そのことなんですけど」

 遮るように声色が変わった。これから自分は断罪され、糾弾され、罵倒される。それは当然であり必然。フレイヤは覚悟を決めて全てを聞き受けるつもりだった。

 それでも。

「フレイヤさんは、もう苦しまなくていいんですよ」

 少女の声は、フレイヤの心を優しく包み込もうとしてくれた。

「······どう、して?」

「どうしてって、フレイヤさん、もう充分つらい思いをしたじゃないですか。わたしが死んでからずっと悩んでて、陵平くんがわたしのために戦ってるって知って追い詰められて、降霊研究が凍結されて苦しんで、それでもういいじゃないですか。そもそも誰も悪くないんですし、もし罰が必要だとしても、こんなのはやりすぎです」

「でも、私は取り返しのつかないことをした。だから」

「そこまで言ってくれるなら、一つだけ罰をつけていいですか?」

「······うん」

「ありがとうございます。じゃあ、わたしがどうして死んだのか、陵平くんには言わないでください」

「······でも、それじゃあ」

「いいんです、それで。精神位相っていうんですか?死後の世界みたいなところで、陵平くんのことをずっと見てたんです。それで、陵平くんはフレイヤさんのことをすごく信頼してる。だから言っちゃ駄目ですよ?もし言えば陵平くんが悲しむし、フレイヤさんももっとつらくなりますから」

 そう言って稲森日咲は優しく笑い、フレイヤはなぜ鹿嶋がこの少女を大切に思っていたのかを理解した。鹿嶋が見たかった本当のこの少女の笑顔は、フレイヤのせいで戻らない。それでも、少女の心だけは、ずっと鹿嶋の中で生き続けていたのだろう。

「······それで、いいのかな。日咲ちゃんにもういいって言ってもらえて、鹿嶋くんには黙ったままで、それでいいのかな」

「いいんです。自分のことを無理に許せなくてもいい。だからわたしはせめて前に進んでほしいんです。フレイヤさんにも、陵平くんにも、マイマイにも」

 罪を許して、許されたことに戸惑うことさえ認めてくれて、フレイヤは涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。自分の罪は日咲を死なせたことだけではない。降霊研究を続け、多くの犠牲を生んだ。十年前の戦争で、一人だけ生き残った。それなのに全てを肯定されたように勘違いするな。ここで泣いたら、また甘えそうになってしまう。

「······着いたよ。ここからは歩こう」

 上ずった声のフレイヤは空色の軽自動車を駐車場に停め、運転席を降りる。そこから日咲と共に百メートルほど歩き、鹿嶋が通う高校に到着した。今日は学園祭。正門から入場する人々の波に乗って校内に入り、フレイヤは足を止めた。

「······どうしたんですか?」

「私は遠くから見てるから、日咲ちゃんは行ってきて。きっと、私が邪魔しちゃ駄目だから」

「······わかりました。ありがとうございます」

 礼を言って日咲は小走りで去っていき、フレイヤはその背中を静かに見送る。それから懐に手を入れて銃の感触を確かめ、小型退霊装置に手を伸ばした。

 フレイヤは日咲とは逆方向へ歩きだし、人混みに浮かぶ顔を入念に見極めていく。先ほど足を止めたのは単なる気遣いからだけではない。黒髪ショートヘアの細身の少女が見えたような気がしたからだ。一見するとただの高校生だがその正体は降霊者の一人、始皇帝。彼女がこの学園祭に潜んでいるのではないかという不安に駆られ、無意識に早足になっていく。

(もう、私のせいで誰も死なせたりはしない)








 宮沢佳奈美の体に日咲が降りた。そう連絡を受けたときは理解ができなかったし、日咲を待っている今でも信じられない。元々いた降霊者はどうなったのか。宮沢本人の意識はどうなってしまったのか。なぜ日咲が降霊したのか。わからないことが多すぎてどうにも落ち着かない。

「······本当に日咲なんだよね?髪が赤い人を捜せばいいんだよね?」

 隣で微動だにせず立っている箕篠に訊かれた。日咲に会える機会があるなら、それは自分だけのものではない。鹿嶋が日咲の降霊のことを伝えると半信半疑という様子だったが、それでも箕篠はこうして友人を待っている。日咲を大切に思っているのは自分だけではないと実感し、鹿嶋は一つ息を吐いた。

「ああ。俺だって降霊なんか最初は信じられなかったから、不安なのはわかるよ。でも、きっと日咲なんだ」

「ふーん······」

 素っ気なく相槌を打つと箕篠は少し硬い声色になり、

「実理ちゃんのこと、気にしてる?昨日も今日も学校来てないでしょ」

「······なんで箕篠が磯棟のこと知ってるの?」

「質問を質問で返すな。あんたが知らないところでも時間は進んでるの。それで、日咲のことはもちろん最優先だけどさ、あの子を傷つけたままじゃ駄目だよ」

「······何か、箕篠からそういうこと言われるのって意外」

 鹿嶋が言うと箕篠はしばらく黙り、やや俯いてから口を開く。

「わたしさ、ずっと謝りたかったんだ」

「······俺も日咲に謝りたかった」

「違う。あんたに」

「俺に······?」

「うん。あんたは知らないだろうけどさ、日咲に大学の治験のバイトを紹介したの、わたしなんだ。だから、日咲が死んだのはわたしのせい。鹿嶋は悪くない。それなのに鹿嶋のせいにして逃げてた。だから謝りたい。ごめんなさい」

 箕篠は鹿嶋に向き直り、深々と頭を下げる。相変わらず素っ気ない口調だったが、そうしなければきっと彼女の心がもたない。だから鹿嶋は小さく微笑んで、

「いいよ、俺に謝らなくても。俺達が謝るべきは日咲だから」

 その言葉を受けて箕篠は頭を上げ、眼鏡を浮かせて切れ長の目を手で擦った。

「······マイマイ、泣いてるの?」

 優しい声がした。

「陵平くん、何があったの?」

 明るい声がした。

「二人とも、元気無いの······?」

 そして、不安げな声がした。

「「日咲············!!」」

 二人の声が重なり、鹿嶋は喜びを、箕篠は戸惑いを顔に浮かべる。

「久しぶり、元気だった?」

「······うん。元気だったよ」

「陵平くん、嘘つき。精神位相?ってとこから全部見てたよ。普段は平気なようにしてても、本当はわたしのことでつらい思いしてたでしょ」

「それは、そうだけど······」

「やっぱり。すごく心配になっちゃうんだから、元気出してね」

「······出せないよ。だって、俺、日咲のことを」

「大丈夫。それは誰も悪くないし、わたしは誰のことも恨んでないよ。だから陵平くんも気にしないで」

「日咲······」

「あ、でも気にしてくれなくなると寂しいかも。だけど陵平くんがわたしのために戦ってくれたのも全部知ってるからさ、これ以上わたしのためにしんどい思いしないでほしいな」

 そう言って日咲は微笑んだ。夜の屋上で鹿嶋と殴り合った人物と、声も顔も同じ。それでもそれは間違いなく日咲の言葉だったし、日咲の笑顔だった。

「······本当に日咲なの?」

 立ち尽くす箕篠が自分よりも背の高い赤髪の女性を見上げて尋ねると、

「ふっふっふっ、ちょっとイメチェンしたでしょ?マイマイは変わってなくて安心したよ」

「······本当に、日咲なんだね?」

「うん。マイマイの初恋の人も知ってるし、同じ映画を五回観て五回泣いたことも知ってるし、中一の頃からお風呂で毎日何してるかも知ってる。マイマイの友だちの、稲森日咲だよ」

「······ごめんなさい」

「いきなり謝らないで!?もっと抱きついてくるかと思ったのに!」

「でも、日咲が死んだのはわたしのせいだから」

「違うって。誰も悪くない。だからマイマイも謝らないで」

「······許してくれるの?」

「うん。許すも何もマイマイは悪くないから」

「······本当にいいの?」

「いいよ」

「······本当に、抱きついていいの?」

「うん、もちろん」

 日咲が腕を広げ、箕篠が顔を埋める。抱きしめ返す箕篠の頬を涙が伝っていたのが、鹿嶋にだけ見えた。ここだけ時間が止まればいい。ずっとこのままでいいし、これまでもずっとこうだったのだから。

「······日咲、わたしのクラスの劇、観に来てくれる?」

「もちろん。logジュリでしょ?去年から言ってたもんね」

 ようやく抱擁を解いた箕篠は急いで涙を拭うと鹿嶋を見やってまた元の口調で、

「あんたも観に来る?日咲のおまけで」

「うん、ちょっと気になるし」

「ちょっとって何?」

 苛ついた声を出すと箕篠は鹿嶋と日咲に背を向ける。

「じゃあ、わたしはそろそろ準備があるから。適当に一年の展示とか行ってみたら?」

「え、マイマイもう行っちゃうの?」

「うん。今日は日咲のこと鹿嶋に譲ってあげる。その代わり明日の模擬店はわたしが日咲と一緒に行くから、あんたはグラサンとかツーブロとイチャついといて」

 そう言い残し、クラスメイトの元へ合流していった。

「······陵平くんの劇は一番最後だっけ?」

「うん。まあ俺は出ないけどね」

「そっか。じゃあまだ時間あるよね?」

 鹿嶋が頷くと日咲は大きな笑顔を弾けさせ、

「じゃあ、行こう!」

 鹿嶋の手を取って歩き始める。

「······日咲」

「んー?どうしたの?」

「············何でもない。さあ、どこ行きたい?」

「えっと······じゃあお化け屋敷!」

「よし!じゃあ行こう!」

 威勢の良さで照れくささをかき消そうとした鹿嶋は手を握り返し、日咲と一緒に歩き始める。

 何がどうなって日咲が降霊できたのかはわからない。それでも、今はそれでいい。強く思えば叶う。そのことを信じてきて良かったと胸を張って言える。日咲が許したとしても、きっと自分は罪を背負い続ける。だけど今だけは、日咲が笑顔でいるために、日咲の横で笑っていられる。鹿嶋はそれだけで幸せだった。








 赤いものがこびりついた新聞紙に窓を覆われた一年の教室から一緒に飛び出してきて、鹿嶋と日咲は笑い合っている。かなり本格的なお化け屋敷なのだろうか、教室の中からは時折楽しそうな悲鳴が聞こえてきていた。高校生達の楽しそうな様子に離れた位置から目を細めていたフレイヤへ、電話の向こうで富寿満が問いかける。

『バイフィールド博士、稲森日咲の様子はどうだ?』

「今のところ異変はありません。完全に日咲ちゃんの意思を保っているようです。それに······日咲ちゃんも鹿嶋くんも楽しそうです」

『そうか』

 短い言葉の後に訪れた沈黙に対し、フレイヤは声を潜めて先ほどの不安を告げる。すると富寿満は冷静に、

『やはり何か企みがあるということか。敵の頭領が最初に降霊したのは稲森日咲なんだろう?何の意味も無く彼女と入れ替わったとは思えない。うちの隊員を私服で高校に派遣して始皇帝を捜索させよう。あなたは稲森日咲の監視を続けてくれ』

「わかりました。それと、緊急連絡システムのことはどうなりましたか?」

『それについては、サイバー攻撃を仕掛けてシステム自体を壊滅させる方向で話が進んでいる。だが一つ問題があるんだ』

「問題?」

『支倉市長』

 富寿満は端的に告げた。

『緊急連絡システムは市長が公約に掲げて達成したものだ。それを壊すのに躊躇しているんだよ』

「そうですか······なら別の方法を考えないと」

『いや、その必要は無い。何とか説得しよう』

 フレイヤの視線の先ではパンダの被り物に顔を包んだ少女が寝かせたドラム缶の上に敷いたベニヤ板に乗ってジャグリングを披露しており、鹿嶋と日咲はそれを楽しそうに見物している。

「······富寿満さん、独り言聞いてくれますか?」

『構わないよ』

「ありがとうございます。鹿嶋くんが有名でもないのに能力が使えたり、やけに頑丈だったりする理由がわかったんです」

『······どんな?』

「日咲ちゃんです。あの子、死後の精神位相からでもこの位相の様子がわかると言っていました。鹿嶋くんが戦っていたこともわかってたって。きっと日咲ちゃんが鹿嶋くんの無事を願ってたから、それが実現してたんだと思います。日咲ちゃん、鹿嶋くんのこと大好きなんだなってわかりましたから」

『なるほどな。もしかしたら稲森日咲だけでなく、あなたや、わたしや、葛野や、他の隊員達みんなも一役買っているかもしれない。もっと言えば彼の周りの人間みんなか。なかなか面白いじゃないか』

「ですよね、精神位相の研究はそういうところが面白いんです」

 言ってから、フレイヤは気恥ずかしくなる。やはり自分は研究者気質なのだ。

『わたしはこれから市長と交渉してくる。そちらは頼んだ』

「はい、わかりました」

 電話を切り、フレイヤは鹿嶋と日咲が木製メリーゴーラウンドに乗っているのを見つめる。それは人力らしく半袖のブロックTシャツをさらに捲って大汗を流しながら台座を回す男達に、二人は申し訳無さそうな表情をしていた。

 鹿嶋を大切に思う者が彼を守ってきた。その仮説に至ったときにフレイヤの頭に真っ先に浮かんだ、ピンクのメッシュが入った黒髪の少女はどこにいるのか。少し辺りを見回しただけでは、彼女を見つけることはできなかった。








 カジノでボロ勝ちしてお菓子を総取りし、美術部のギャラリーでユルい感想を言い合い、光画部にツーショット写真を撮影してもらう。そして二人で待望のlogジュリを観劇して、鹿嶋が照明を務める劇を日咲に観せ、それで一日目は終了した。自称進学校はメリハリに厳しくブロックTシャツで下校することは禁じられているため、鹿嶋は制服に着替えて日咲と合流する。

「すっごい楽しかった!明日も絶対楽しい!」

「でも、明日は箕篠と一緒に行ってあげてくれ。あいつも日咲と回るの楽しみにしてるだろうから」

「うん。でも陵平くんにも会いに行くからね」

 言われて、鹿嶋は上手く応えられない。いつまで日咲はいてくれるのだろうか。宮沢佳奈美本人のこともある。そう長くはいられないだろう。だが降霊研究が進めば、頻繁に会えるようになるのだろうか。

「日咲」

 鹿嶋は呼ぶ。

 日咲は急に無言になって、じっと鹿嶋を見つめた。

「いつも俺のそばにいてくれてありがとう。俺、日咲に会えて良かったよ」

「······こっちこそ、わたしのために戦ってくれてありがとう。でもさ、わたしはずっと陵平くんと一緒にいることはできない。だから、陵平くんは前に進むべきだよ。陵平くんのことを大切にしてくれる人が、すぐ近くにいるんでしょ?」

「············日咲」

 呟いたきり、鹿嶋は言葉を失った。日咲の気持ちは何と残酷で、何と優しいのか。未来へ進む誘いがあったのに、過去とつながることを選んだはずだ。それなのに、過去の方からつながりを断ち、自らを手放して未来へ進めと背中を押された。それが鹿嶋を苦しめることを、日咲ならわかっていたはずだ。わかっていても日咲はそれを選んだ。それが鹿嶋をさらなる苦しみから解き放つのだと信じて。




「陵平くん、ワタシといるときより楽しそうじゃん」




 よく聞き慣れた少女の声がして、鹿嶋は咄嗟に視線を動かした。

 そこにいたのはピンクのメッシュが入った黒髪に、少しだけ顔に散りばめられたそばかす。緑のラインが入った夏用学生服に身を包み、茶色いリュックを背負った少女。

「磯棟······」

 鹿嶋が一歩前に足を動かすと日咲がその手を掴み、

「陵平くん、違う、この子は」

「嫌な気持ちになっちゃうよね、簡単に手なんか握っちゃってさ。こっちがどんだけ迷いながら同じことしたと思ってんの?」

「磯棟、どうした······?」

「どうしたも何もフッたのはそっちでしょ?なのに善人ぶって、誰にでも優しくするから好きになったのはそっちの勝手ですって感じ?そりゃ無理があるよ。陵平くんもワタシのこと好きじゃなきゃ説明つかないことがいくつもあったのに」

(おかしい、何かがおかしい。俺が磯棟を変えてしまったのか······?)

「ねえ陵平くん、この子は」

 日咲が言い終える前に磯棟は吐き捨てる。




「って、実理ちゃんが思ってるよ?」




 そして。

 日咲の胸が、刀で貫かれた。




(な、にが············?)

 刀を引き抜いたのは、パンダの被り物をした少女だった。少女は倒れた日咲を踏み越えると磯棟の横に並び、すぐさま怒声がして私服の治安部隊ラボポリスが取り押さえようと動き出す。だが白い光が渦を巻いて立ち昇り、青銅製の武具を携えた東洋の兵甲が出現してそれを阻んだ。

「······クソ暑い!こんなの被ってられるか!」

 悪態をついてパンダのマスクを脱ぎ捨てたのは黒い短髪をした線の細い少女。始皇帝だ。

「お疲れ〜!いい刺しっぷりだったよ。もしかしたら宮沢からだが死んじゃって、日咲ちゃんがいなくなっちゃうかも。そうならないように、陵平くんには誰も死なないように願ってほしいな。強く願えば誰も死なない世界が達成できるから」

「何だと······?あんた、まさかあのときの」

「そう、黒幕ってやつかな」

 笑みを浮かべて煌々と輝く眼は、決して磯棟のものではない。それがわかっても、鹿嶋には簡単に受け入れることなどできなかった。

「どうして磯棟に······」

「前から目をつけてたんだ。日咲ちゃんがこっちの位相のことを覗いてるのに便乗して、陵平くんと仲良くしたがってる使えそうな女の子がいるなって気づいたの」

「おい待て、どうしてそこで日咲が出てくるんだよ。この前も俺のことを知っている風だったし、お前と日咲に何の関係があるんだよ!」

「だって」

 磯棟の顔で、その降霊者は引き裂くような笑顔を見せる。

「ワタシが最初に降霊したとき、被験者は日咲ちゃんだったんだよ?」

「······何でだよ、それって、そんなのって!」

「そう。確かに陵平くんやマイマイに原因があるかもしれない。でも、直接日咲ちゃんを殺したのはフレイヤさん。だよね?」

 降霊者が投げかけた視線を追って、鹿嶋の心にヒビが入った。見たことのないほど張り詰めたフレイヤの表情が、全てを物語っていた。鹿嶋に日咲と会うための手を差し伸べてくれて、一緒に戦ってくれて、信頼してくれたフレイヤが。最初は打算があっただろうが、話をもちかけたのは善意からだったことは疑わない。贖罪のフリをして、利用されただけだったなんて思わない。それでも、だとしても、鹿嶋の心はめちゃめちゃだった。

「おっとフレイヤさん、何かしようとしてるでしょ?何かした瞬間にこれ使っちゃうからね」

 降霊者は手に持ったスマホを振って脅しをかける。こちらが何かをした瞬間、この街に想像を絶する混乱が訪れると暗に語っていた。

 その上で。

 その降霊者は磯棟の声で告げる。

「明日の夜明け、始皇帝さんがありったけの位相間現象アチーヴメントを市内に放つ。そうしたらワタシも緊急連絡システムから降霊音波を流す。だから止めてみてよ。チャンスをあげるからさ」

 言い終わらない内に、東洋の兵甲が次々に現れて鹿嶋達に押し寄せる。

「············ッ!」

 鹿嶋は気を失って動かない血塗れの日咲を抱えて走り、学校の敷地から出る。フレイヤや隊員達も続けて脱出し、校門は完全に閉ざされてしまった。

「······鹿嶋くん」

「まずは!」

 フレイヤが何事かを言いかけたが、聞きたくなかった。聞けなかった。怒鳴っても仕方ないのに、怒鳴るしかなかった。

「······救急車を呼んでください。俺は日咲の止血をします」

「······わかった」

 返して、フレイヤはその場を離れた。

 鹿嶋の目の前で血が流れ出ていく。

 今彼が失おうとしているのは、日咲だけではなかった。




〈つづく〉

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