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【小説】コウレイシャカイ 最終話(創作大賞2023・イラストストーリー部門応募作品)


 体術、技術、思考力。それらに長じるサラディンの攻撃は始皇帝を着実に追い詰めていき、彼は家康が遺した薬品を打ち込むタイミングを窺っているようだ。サラディンを妨害しようとする兵甲達は葛野が排除していく。

(これを知られればやつの能力で燃やされるだろう。チャンスは一回だけだぞ、サラディン!)

 始皇帝は既に息切れを起こし、市内各地に放っているせいか兵甲を新たに現出することもしない。サラディンの斬撃で手から刀を弾き飛ばされると体を翻して逃走を図り、細い路地を通って一つ向こうの通りへ走り去った。サラディンはこれを追い、葛野も後に続く。

 隣の大通りに出ると目の前に広がっていたのは、長身の二人よりもさらに背の高い壁だった。始皇帝が現出した道幅いっぱいにそびえる壁の向こうからは何も聞こえず葛野は不審に思うが、サラディンが助走をつけて跳躍したのを受けて自身も壁をよじ登り始める。石造りの壁は存外に突起が少なく、指を引っ掛けるのに苦戦した。それでも何とか乗り越えた葛野は銃を構え、わずかに体を硬直させた。

 始皇帝が富寿満を背後から取り押さえ、その喉元に刃を押し当てている。隊長を人質に取られた治安部隊ラボポリスの隊員達は兵甲がその得物で迫っていても身動きが取れず、サラディンは構えた半月刀を振ることができない。

 だが、葛野は迷わず引き金を引いてその場にいた兵甲達を一人残さず撃ち抜いた。

「ナメてんじゃねえ!みんな覚悟はできてんだろ!おれ達にできてて富寿満にできてねえと思うな!」

 壁の上から叫んだ葛野を見て富寿満は口の端をもち上げ、始皇帝は刀を握る手を真一文字に引く。

「待て!」

 叫んだサラディンは半月刀を投げ捨てて、代わりに注射器を掲げていた。始皇帝は刃が富寿満の細い首を掻き切る寸前で腕を止め、獰猛な笑みを浮かべた。

「やはりか······家康から散々薬については聞かされていたからな。そういうものはあると思っていた。それを壊すのと引き換えにこの女を助けろということだろう?」

「そうだ。私と君だけで正々堂々と戦うべきだ。富寿満を放せ」

「断る」

 斬り捨てた始皇帝はさらに笑みを大きく広げ、

「お前がそれを打て。そうすれば兵力差は決定的だ。オレの勝利は確定するのだから、もう殺す必要もないかもしれないぞ?」

「そうか」

「······おい、やめろ」

 短く受け応えたサラディンに不安を覚えた葛野は壁から下りて駆け寄ろうとするが、それより先に彼は自分の手首に注射器を突き刺してピストンを押し込んだ。

「サラディン!」

 叫んだ葛野はよろめく彼の肩を支える。サラディンは尚も始皇帝から目を離さず、

「······家康から君に伝言を頼まれている」

「聞くつもりは無い。さっさと失せろ」

「いや聞いてもらう。『わしらが生きた功績は多くの人が知っている。ならばそれは、わしらが永遠に生きていることと同じではないか』······彼はそう言っていたよ」

 サラディンの体がぼんやりと白く光り、葛野の肩にかかる重みが増していく。

「おい、何でだよ、まだあんたの力が必要だ!」

「いいや。私達がいることによって被験者は危機に晒されている······彼もそう言っていた」

「まったく、説教野郎の言いそうなことだな」

 始皇帝は吐き捨て、体から白い光が抜けきり倒れ込んだサラディンを見下していた。

「馬鹿め。どれだけ多くの者の心の中で生きようと、実際に力が及ばなければ意味が無いだろう。死んだ者も、失ったものも、心の中だけでは意味がなかろう」

 そう言って腕を引き、もう一度富寿満の首を狙う。

 そこで、刀が始皇帝の手から滑り落ちた。

「······心の中だけでも、生きていれば幸せなのにな」

 沈黙を貫いていた富寿満が口を開いた。彼女の手には注射器が握られ、始皇帝の脚にその針が突き刺さっている。既に中身は全て注入されていた。

「お前も持っていたのか······!」

 崩れ落ちる始皇帝が睨み、刀を拾い上げようとするが富寿満はそれを踏みつけて阻止した。

「ああ。生憎私もサラディン王も、あなたのような独裁者では無いからな」

「ふざけるな!オレに従えば素晴らしい世界ができあがる!滅びることのない不変の世界が!なのにお前らはなぜ······!」

「時間は進む。だから我々は変わっていくんだよ」

 富寿満は刀を蹴飛ばし、必死に手を伸ばしていた始皇帝の動きが完全に止まった。白い光が少女の体から抜け出し、兵甲達が一斉に消滅する。それを見届けた葛野は富寿満に近づくと強張った表情で、

「······お前、わざと始皇帝に捕まったろ。サラディンを退霊させてあいつの油断を誘うために」

「何が言いたい?」

「······仲間じゃないのか」

「彼に相談をもちかけられた結果だ。家康のこともあってお前が必ず引き止めるだろうと考えたらしい」

「······そうか」

 すると富寿満は葛野に背を向け、

「仲間を失うのはもうたくさんだ。だが仲間が増えるのは嫌じゃない」

「······何が言いたい?」

 葛野の問いには答えず、富寿満は隊員達に向かって歩きだした。








 最初から勝つことなんて難しいとわかりきっていた。実際鹿嶋は何度も蹴り飛ばされ、地面を転がり、それでも立ち上がってきた。

 何度も転がるうちに校舎横からグラウンドに移動していた鹿嶋と蓬莱の距離は20メートルほど。鹿嶋は再び最短距離で突っ込むのに対し、蓬莱は黒い翼を一度だけはためかせる。すると猛烈な突風が生じ全身を砂塵が叩くが、鹿嶋の足が止まることはない。だが視界が覆われて蓬莱の位置を見失い、直後に真横からの飛び蹴りを浴びて鹿嶋は大きく吹き飛んだ。

 起き上がると突風は止んでいたが、蓬莱は代わりにハンドボールのゴールを突っ込ませる。体を振って必死にかわしても、逃げた先にもう一つのゴールが直進してきて鹿嶋は硬いフレーム部分ををまともに喰らった。骨が砕けていないのが不思議だった。広いグラウンドには何も止めるものが無く、確実に10メートルは吹っ飛んでからようやく着地し、皮膚を削るようにして勢いを殺した。

「頑張るね〜。次はサッカーゴールか野球のフェンスかな。もしかしたら砲丸投げの弾があるかも」

 蓬莱が笑うとグラウンドの端に並んだ部室のドアが一斉に開き、まずは硬式テニスと野球のボールが猛スピードで放たれる。鹿嶋が触れれば能力は解除されるだろうが、そんなことは実物の飛び道具には関係ない。蓬莱を中心とした円を描くように走り攻撃を回避しながら接近を試みるがハードルや金属バット、整備用のトンボが次々に地面に突き刺さって進路を阻み、鹿嶋は豪速球に打ち抜かれた。もう何度目かわからないが再び立ち上がると同時、頭に砲丸が直撃して鹿嶋の意識が揺れる。体に力が入らず、視界がぼやける。熱を感じると思ったら血が出ていた。

「陵平くん、君はよく頑張ったよ?日咲ちゃんだって認めてくれると思うし、実理ちゃんだって納得してくれてるし、フレイヤさんだって感謝してると思う。だからもう終わりにしようよ」

「······それじゃ駄目なんだよ」

「何で?」

「······だって、それじゃあんたを助けられない」

 すると蓬莱は目を丸くし、少しだけ何かを言いかけるが言葉にできないように口を半開きにし、やがて視線を落とした。

「······何言ってるの?ワタシを助ける?何から?ワタシは全然何にも困ってないし、むしろ追い詰められてるのは陵平くんの方なんだよ?状況わかってる?ワタシは助けなんていらないし、目標があとちょっとで達成できて嬉しいんだよ?」

「······じゃあどうして、そんなに焦ってるんだよ」

「··················」

 沈黙が、彼女の答えだった。どこかで疑問を感じてしまったのかもしれない。どこかで気づいてしまったのかもしれない。どこかでやめたかったのかもしれない。それでも彼女はここまできた。都合を押しつけられて、矛盾を抱えて、恐怖を煽ることこそ自分の役割だと信じて、彼女は突き進んできた。

 鹿嶋は知らない。

『ワタシのことはよくわかんないままでいい』

 世界中の人々の願いに生み出された彼女のその言葉が、誰に向けたものだったのかを。

 鹿嶋は知らない。

『でも、治せるなら治したい?』

 大きな力をもった彼女のその言葉が、どんな希望を含んでいたのかを。

 鹿嶋は知らない。

『······勝手な人』

 人を殺したくないと語った女性に発した彼女のその言葉が、本心に満ちたものだったのかを。

「······これ以上話しても無駄だね。不死の世界を実現しても陵平くんがいる限り危険は無くならない。だから君の心を折ろうと思ってたんだけど、もういいや」

 蓬莱はスカートのポケットからスマホを取り出して起動し、緊急連絡システムを作動させる。これでこの街に混乱が訪れ、やがてそれは世界中に広がり、彼女の目的は果たされる。

(だったら、最初からそれを使ってれば良かったんだ。なのにどうして夜明けまで待った?止めてみせろなんて言った?あんたは一体何を期待した?)

 全身が痛み、鹿嶋はまともに走ることすらできない。だがまだ体は動く。まだ歩み寄れる。まだ手を伸ばせる。たった一回画面をタップすれば、それでもう誰も救われなくなってしまうだろう。鹿嶋は歪む視界の中心に蓬莱を据え、一直線に進む。

 それでも、間に合わなかった。みんなを救うには、鹿嶋はあまりにも傷を負いすぎていた。

 蓬莱が画面に触れ、目を覚まし始めた街へ一斉にその声が届けられた。




『皆さん、おはようございます。アカツキ市長の支倉孝臣です』




 どこかで、精悍な顔立ちの少年が聞いていた。

『皆さんがご存知のように、この街は今危機に直面しています』

 どこかで、三編みの少女がそれを聞いていた。

『ですが皆さんの力があればきっと乗り越えられる。きっと再生できる。かつて超高齢社会だったこの街が、皆さんのご理解とご尽力によって研究開発特区となり蘇ったように』

 どこかで、髭を蓄えた禿頭の男性がそれを聞いていた。

『混乱の中にあるこの街にも、希望の象徴はあります。ただの高校生がたった一人で戦っているように、市民の皆さん一人ひとりが希望となり得るのです』

 どこかで、黒色のくせ毛の男性がそれを聞いていた。

『この混乱を鎮めるために全力を尽くしている少年がいます。顔も名前も知らないという人がほとんどでしょう。私だって会ったことはありません。ですが、そんな少年が多くの人のために頑張っている』

 どこかで、赤色のポニーテールの女性がそれを聞いていた。

『どうか彼を応援してあげてください。皆さんと同じように希望たり得る少年を、皆さんが支えてあげてください。顔も名前も思い浮かばなくたっていい。ただ、彼の勝利を願うだけでいい。彼を信じるだけでいい』

 どこかで、少年を思う誰かがそれを聞いていた。

『鹿嶋陵平······』
「鹿嶋くん」
「鹿嶋」
「鹿嶋少年」
「陵平くん」





「頑張れ!」





「······何これ、システムのデータを上書きされたの?システム自体を壊されて、イチから作り直されたの?」

「どうだっていいだろ、そんなの」

 揺れる蓬莱の声を鹿嶋は斬り捨てる。

あんたがそれを望まなかった・・・・・・・・・・・・・。ただそれだけだろ」

「そんなの······そんなの、そんなのそんなのそんなのそんなの!」

 蓬莱は叫ぶ。黒い翼が張り詰め、グラウンドに散らばった攻撃の残骸だけでなく立ち並ぶ木々や停まったままの自動車や大破した誰かのバイクが浮き上がり、彼女を中心に渦を巻く。

「許されるわけないじゃん!」

 そして放たれた暴力の塊は鹿嶋に直撃し、彼を呑み込み、破滅させる。

 はずだった。

「······俺だって、そう思ってるよ」

 暴力の塊は立ち消え、その欠片が空中から次々に降り注ぐ。いくつもの鉄塊に揉み潰されたはずの鹿嶋の体はまだ動く。

「それでも誰かに信じてもらえる。誰かを助けたいと思える。こんな俺がまだ動けるのは、誰かが俺を応援してくれるからだってわかる」

 蓬莱が翼を動かしたが、砂塵が吹きつけても彼女を見失わない。鹿嶋は走る。走ることができる。今度こそ一直線に進むと蓬莱は巨大な翼を振るって迎え打つが、鹿嶋は何も怯まずに突っ込んで消滅させた。そのまま懐に入ろうとすると蹴りを浴びて倒されるが、歯を食い縛って即座に起き上がると着地してわずかに身動きが取れなくなった蓬莱に飛び込む。

 そして、強く抱きしめた。

「······何のつもり?一発殴ればいいじゃん」

「······できない。俺にはできないよ」

「それって、実理ちゃんのかわいい顔を傷つけないため?」

「······もうあんたとは戦いたくない。これまで散々他の降霊者をぶん殴ってきておいて言えたことじゃないかもしれないけど、あんたを殴りたくない」

「そっか。でも降霊者本人となると、触れただけじゃ退霊させられないよ」

「大丈夫。触れただけでも、あんたを元いた場所に帰してみせる」

「できるの?」

「できるよ。みんなが信じてくれたんだ。誰よりも俺がそう信じなきゃいけない」

「······陵平くんへの他の人達の思いのおかげだと思ってたけどさ、やっぱり君がおかしいのかもしれない」

 そう言って蓬莱は天を仰ぎ、短く息を吐いた。

「······許されるのかな。ここまでしたのに」

「許されないよ。俺だってきっと許されない。だけどさ、前に進まなきゃいけないんだ。自分がやってしまった取り返しのつかないことにいつまでも拘ることは、償いにはならないんだ」

「······うん」

「それにさ、あんたは不死を司るから命を奪えないんじゃない。殺したくなかったってだけなんじゃないかな。どれだけ楽しそうにして誤魔化しても、結局あんたはやりたくなかったんじゃないかな」

「······日咲ちゃんに降りたとき、死ぬ感覚を味わった。怖かった。それなのに、自分の手でやらなければいいだなんて思った。卑怯だよね」

「うん、そう思う。でもわかってるなら、それは自分の中で苦しめばいいんだ。それに誰かを巻き込むことこそ、卑怯だと思う」

「それって、君自身の話?」

「············」

「沈黙は肯定と同義語だよ?」

 笑って、ピンクのメッシュが入った黒髪の少女の体から白い光が立ち昇り始める。

「返事はオッケーって取っていいよね?そういうことなら早く実理ちゃんに返さなきゃ」

「······磯棟の意識は残ってるの?」

「うん。元々日咲ちゃんと波長タイプが似てたから降霊が上手くいったし、相性も良かったんだよ?実理ちゃんを消さないように必死だったんだから、感謝してほしいな」

「······ありがとう」

「いいよ、流石に実理ちゃんだけでも残さなきゃだし」

「それだけじゃない。もう一度日咲に会わせてくれて、ありがとう」

「······せっかく上位存在として生まれたんだし、ワタシもこれからはもっと感謝されることをやってみようかな」

 鹿嶋と体を密着させたことで退霊が進み、白い光が磯棟から抜け出ていく。去りゆく蓬莱に鹿嶋はもう何も言わなかった。蓬莱が鹿嶋に何かを言うことも、もう無かった。




「ありがとう、陵平くん」



 鹿嶋の背中に回された腕には、優しく力が込められた。








 一週間延期された、学園祭二日目の朝。箕篠麻衣は隣で着替える磯棟実理の背中を見てわずかに息を呑んだ。

「実理ちゃん······背中の火傷跡、良くなったの?」

「うん。誰かがお願いを聞いてくれたおかげかな」

 そう言って磯棟は頭から被ったブロックTシャツを腹まで下ろす。その言葉の真意など箕篠には知る由もないが、一週間前の混乱でこの少女に何かあったことは何となく察していた。

「ごめんね麻衣ちゃん、一緒に回ろうって言ったのにドタキャンしちゃって」

「それ誰もいなかったらって話だったでしょ?相手が見つかって良かった」

 着替え終わった箕篠はハンドバッグに水筒や財布、学園祭のパンフレットを入れて、

「ちなみに、誰と行くの?」

「······陵平くん」

 その呼び方に慣れていないのか、答えてから磯棟はほんのりと顔を赤くする。

「ふーん······」

 訊いておいて素っ気なく返した箕篠は外していた眼鏡をかけると、

「たぶん、最初からそうなるべきだったんだと思う」

 微笑んで、更衣室の外に出た。模擬店や野外ライブが始まるまでどこで時間を潰そうかと考えながら歩いていると、

「箕篠麻衣ちゃん、だよね?」

 空色のシャツと黒いスカートを纏い、タイツに長い脚を包んだ金髪碧眼の若い女性に呼び止められた。

「あなたは······?」

「いきなりごめんね。私は治安部隊ラボポリスのフレイヤ=バイフィールドといいます。麻衣ちゃんに渡したいものがあって来たの」

 そう言ってフレイヤはスマホを取り出して箕篠に握らせた。

「これは?」

「それはエディソンっていう人がこの世からいなくなる間際に作ったものなの。霊界との······学術的に言えば精神位相との交信機。亡くなった人と話ができるものだよ」

 それを聞いて降霊研究関連だと感づいた箕篠は、切れ長の目でフレイヤを見つめて尋ね返す。

「鹿嶋に渡すよう言われたんですか?」

「······うん」

「やっぱり。すみません、あなたに言ってもしょうがないんですけど······」

 前置いた箕篠は口の端をもち上げて言い放つ。




「思い上がってるね、鹿嶋」




「······何か、白衣じゃないフレイヤさんって違和感ありますね」

「うん、もう研究者じゃないからね。私も進んでいかなきゃだし」

 涼し気な服装に変わったフレイヤは両手に三人分の焼きそばを持った鹿嶋に笑いかけ、

「ありがとう。君のおかげで私も覚悟ができた」

「覚悟?」

「そう。自分を許さないって覚悟。君が助けに来てくれて、戦ってくれて、みんなを救ってくれて······あのとき君が来なかったら、私は死んでたと思う。蓬莱が見逃しても、許されたくて死んでたと思う。でもそんなのって駄目だよね。戦争のときに私を守って亡くなった人にも、降霊者の人達にも申し訳ない。そして何より、これ以上誰かを殺したくないって思ってるのに自分を殺す、なんてことにならなくて良かった。だからありがとう」

「大したことはしてません。フレイヤさんこそ俺を助けてくれました。あなたがいなかったら、俺はずっと前に進めなかった」

「······でも、君だって自分を許せたわけじゃないでしょ?」

 鹿嶋が頷き、フレイヤは穏やかに微笑んだ。

「ごめんね、嫌なこと言っちゃって。だけど私も自分を許せない。だから鹿嶋くんは一人じゃないよ」

「フレイヤさん······そんなこと言うなんて、何だか変わりましたね」

「うん。私は一人じゃなくていいって、君が気づかせてくれたから」

 鹿嶋に優しい笑みを返され、じゃあ、と言ってフレイヤは立ち去ろうとする。

「待ってください!箕篠は何て?」

「ああ、ごめん。『振り返っていいほど前に進んでないから、今は使わない。鹿嶋に追いついたら日咲にそのときのわたしを語って聞かせたい』って言ってた」

「そうですか······だったら、きっとあいつも大丈夫です」

 安心したような鹿嶋に、いつかの約束通り奢ってもらった焼きそばを渡され、フレイヤは今度こそ背を向けて立ち去る。

「お待たせ、陵平くん。かき氷めっちゃ混んでてさ、一人一個しか買えなかった」

「じゃあ実理が食べなよ。俺はいいから」

「ええ······じゃあこれ分けようよ。一緒に食べよ」

「ありがとう。どっか座れる場所ないかな?野外ステージの前とか」

「いいよ。もうすぐグラサンとツーブロの漫才始まるし」

 後ろからそんな会話が聞こえ、フレイヤは思わず頬を緩めた。鹿嶋から、磯棟から、こういう未来を奪わなくて良かった。その思いに胸を満たし、フレイヤはお祭り用に飾り付けられた廊下を進んでいった。





〈おわり〉




【作者からあなたへ】

 最終話まで根気よく追いかけてくださり、本当にありがとうございます。後日あとがきを投稿しますので、ご興味があればそちらにも目を通していただけると幸いです。また、よろしければスキを押していただけますと嬉しいです。この作品を楽しんでいただけましたら、作者としてこれ以上の喜びはありません。また何かの作品を通じてお会いできることを祈りつつ、今回は筆を置かせていただきます。

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