【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年10月1日(金)「新型コロナウイルスよ、永遠に」


 台風16号が接近し、関東は雨の一日となった。
 わたしが通う高校は昨日のうちに休校を決めた。
 午前中、ヤバいほどの雨が降った。
 休校でよかったと胸をなで下ろしながら、わたしはもの思いにふける。

 2021年10月1日は大きな区切りの日だ。
 緊急事態宣言解除。
 高校生であるわたしにとって宣言が出ているかどうかはあまり関係がないようにも感じている。
 わたしだけでなく、ほかの生徒たちにとってもそうだろうと思う。
 少なくとも教室でそれが話題になることはない。

 今回の宣言は夏休みの最中に始まり、およそ2ヶ月続いた。
 ずっと宣言下にあった東京ほどではないが、コロナ禍の真っ只中にあるという意識はこの1年半の間途切れることはない。
 マスクの着用や無言での食事など、学校内では”新しい常識”が根付きつつある。
 もう元の生活を思い出すこともできないほど、それが当たり前になった感さえある。

 もちろん、宣言が解除されたところで突然元の生活に戻る訳ではない。
 おそらく校内の日常はたいして変わらないはずだ。
 あの賑やかだった教室の風景は、いつか戻って来るのだろうか。
 もし戻って来るとしたら……学校を辞めたくなってしまうほど、いや死ぬほど嫌なことだった。

 マスクは確かに息苦しい。
 だが、マスクのない、顔をさらしたままの教室の息苦しさはそれを上回る。
 学校ってなんであんなに嫌な場所なのか。
 強い者どもが群れ、弱い人間をいたぶる空間。
 違う。
 強いんじゃない。
 ただ声が大きく、態度がデカい奴らなだけだ。
 コロナは少なくとも表面上はああいうイキった連中の姿をわたしの目の前から消してくれた。

 大人数でつるんでハブるのも悪口を言い合うのもオンライン上ではやっているのだろうが、自分の目に入らなければ平穏に過ごせる。
 ぼっちでいることも、誰からも誘われないこともコロナのせいと言えば落ち着く。
 取り繕わなくていい。
 それだけでコロナ万々歳じゃないか。

 新規感染者数が増え、陽キャの連中が不平を漏らすのを見ると心地よかった。
 あれができない、これができないという奴らの不満はわたしにとっては甘美な言葉だ。
 始めからそんな選択肢を持たないわたしからすれば、コロナによって困ることはほとんどなかった。
 世の中が右往左往する様を眺めているだけで楽しかったのに、次第に新規感染者数が減ってしまう。
 2学期が始まった頃にはかなり落ち着いた状況になり、学校は平常運転という感じになっていた。

 息をするように他人を見下す陽キャたちが困る姿をもっと見ていたいのに。
 あいつらがマスクを外せば教室は罵詈雑言に埋もれてしまう。
 それを嫌って何が悪いというのか。
 元の生活なんて嫌だ。
 第6波はまだか。

 この世の終わりのような雨音が鳴り止んでも、わたしは呪いの言葉を吐き続けずにはいられなかった。
 そう、あれは小学生の時だ。
 たまたまサブの鞄の代わりにコンビニ袋を学校に持って行った。
 たったそれだけのことなのに、クラスメイトたちはわたしをバカにした。
 いや、お前らだってコンビニ袋を使うだろ?
 標的を探しているところにタイミングがバッチリ合ったってことなのだろうが、当時はそんなことは分からない。
 調子に乗った奴らが多勢に無勢でわたしの周りを取り囲んだ。
 大半はもう覚えていないだろう。
 だが、あの惨めな気持ちは一生忘れることはないと思う。
 絶対に許さない。
 わたしは奴らの顔を心に刻み込んだ。

 私立の中学に進学してからも心の棘はチクチクとわたしを刺し続けた。
 そんなある日、仲が良かった友だちにこのことを打ち明けた。
 共感してくれると思っていたのに彼女の口から出た言葉は、早く忘れた方がいいというものだった。
 それを聞いた瞬間わたしの頭の中が沸騰した。
 手を出すことは辛うじて抑えたが、憎悪の言葉を吐くことは抑えられなかった。
 激昂し、相手を糾弾した。
 わたしも泣いてグチャグチャな顔になっていたが、相手はそれ以上だった。
 当然彼女との縁は切れ、それ以降わたしは人との関わりを避けるようになった。

 しかし、そんなわたしをバカにする奴らも湧いて出てくる。
 小学生の時とは違い、わたしも泣き寝入りはしない。
 必死になって抗った。
 話を盛って教師を味方につけたり、泣いて抗議して授業をぶち壊したり、取れる手段はすべて行った。
 次第に大人たちはわたしを持て余すようになった。
 親ですら、わたしがやり過ぎだと諫めることがあった。
 では、どうしろと言うのか。
 バカにされてもヘラヘラと笑っていろと言うのか。
 他人をバカにする奴は人間の屑なのだから、こちらもそれに相応しい対応をしただけだ。

 親は心療内科や精神科の病院に連れて行った。
 藪医者たちは適当な診断を下していたが、わたしのことを理解する人は現れなかった。
 やがて疲れ果てた顔になった親から外部進学を勧められ、わたしは渋々それに応じた。
 環境を変えたところで何かが変わるとは思えない。
 ただ、みんな友だちが作りにくいかもしれないという指摘に興味を惹いた。
 エスカレーター制でない私立高校で、コロナによる”新しい常識”の中、人間関係を構築するのは大変そうだ。
 陽キャどもが苦労する様を見るために親の願いを聞き入れたようなものだった。

 現実は想像とは異なっていた。
 高校生になったからか校風なのかは分からないが、他人に干渉しない人が多いように感じた。
 女子高なので生徒のランク付けが強烈だと予想していたのに、そちらもそんな印象はない。
 ランク付け自体がない訳ではないが、そこからマウントを取り合う人が少ないみたいだった。

 とはいえ、時間が経つにつれて様子は変わってくる。
 これまでおとなしかった陽キャたちが本性を現わしつつある。
 学校行事が激減したのはコロナの恩恵のひとつだが、最近文化祭の準備が盛り上がってきた。
 感染者数が減り文化祭の開催が確実視されてきたからか、これまでの鬱憤を晴らすように熱を帯びてきている。
 自分たちだけでやるのならまだいいが、周りも巻き込もうとするから質が悪い。
 オリンピックもそうだったが、それをはた迷惑だと感じる人がいることを奴らは理解していない。
 来年コロナの終息を祝ってイベントを開くと言い出す狂人までいるほどだ。

 週が明ければ普段通りの学校生活が始まる。
 いまだって十分に新規感染者数は多いのに、陽キャたちの圧によって”新しい常識”は蔑ろにされかねない。
 いっそ、ワクチン無効の変異株が出現して、”新しい常識”が永遠に続いてくれたらいいのに……。

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