見出し画像

君を好きだなんて言ったりすると

中学生のときに教育実習の数学の先生と仲良くなって、休みの日に先生の下宿に遊びに行ったことがあった。

先生と、先生と同じゼミの友人と3人で青春の話をしながら田代本通り沿いを歩き、お腹が空いたから食事にしようと、通り沿いにある風情のあるお店で、とても美味しいとんかつをご馳走になった。その後、いつも僕たちが行ってるお店を教えてあげると「おーるあろーん」というジャズ喫茶に連れて行ってもらった。生憎その日は「おーるあろーん」は閉じていて、小窓から覗くと煉瓦塀のこじんまりとした店内に小さなサボテンが置いてあった。
先生は、「あ〜、せっかく君をここに連れてきたのに、残念だなあ・・・あのサボテンもそろそろ一度水をやったほうがいいか・・・」と言い、仕方がないからこいつの家で音楽でも聴こうか、とその友人の部屋に一緒に行くことになった。

ノッポで加藤和彦似のその人の部屋に着くと「何かレコード聴かせてよ」と先生は友人に言い、トノバン似の友人がターンテーブルに載せたのが「元気です。」のB面だった。難しいジャズのレコードを聴くのかと想像していた僕は少し拍子抜けしたような感じで「あ、このLPなら家にもあるし、まあ、そんなに気を使わなくてもいいのに・・・」と勝手に思い巡らせていた。
で、そのステレオから再生された音を聴いた途端、そのリアルなギターの音に度肝を抜かれる事になる。
いつもの家のショボいポータブル電蓄の音とは比べ物にならない、ド迫力で「よしだたくろう」が「高円寺」を歌っている。
それもこんなアパートでこの音で聴いても本当に大丈夫か?というくらいの大音量で。
よくよく見れば、アンプはマッキントッシュだったし、スピーカーもそれなりのモノだったんだろうと思うけど、とにかく「レコード再生機器におけるアナログ盤のポテンシャルの相違について」レポートにして提出しなさいと言われればすぐにも10枚くらいの文章が書けそうな衝撃が走る。
ドキドキしながら聴いていて、そっと出されたコーヒーの味も記憶にない。侮れないぞ、名大生のコミュニティ。

ずっとその部屋でレコードを聴いていたかったけど、あんまり遅くなるとご両親も心配なさるでしょうから、と、また3人で田代本通りを歩いて、市バスに乗って家まで送ってもらう。
母親が出てきて二人にお礼を言い、母親と二人で彼らが家の前の道を見えなくなるまで見送った。
見上げると上弦の月が空に輝いていた。

元気です。
よしだたくろう (1972)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?