「デキル人ってどんな人?」

 どうも、<foot_mori97>です。

 デキル人ってどんな人を想像しますか?
仕事ができる人や成功している人、私生活との両立が上手くいっている人など個人の価値観によって見方は変わって来ます。曖昧な定義だからこそ、「デキテル人」から学んで自分なりの最適解を求める事が必要ですね!!

 さて、昨日はAitemの代表講座に行ってきました!
登壇者は佐藤ゆきこさん(Aitem代表)と高瀬大輔さん(株式会社ハートレス代表取締役社長)のお二方でした。
 いきなり質疑応答から始まる約1時間半のトークセッションでしたが、普段あまり関わる事のない”ミレニアム世代”の2人だからこそ、自分の価値観や今後のキャリア形成について考える事ができました。

 質疑応答から話が展開していったのでどこから話していいのやら…(笑)

・「デキル人は”人”を大事にする」
・「”ブラック”な働きが成功に通じる」
・「自分がどんな人間か知ることが行動の原点」
・「人間のベースは”後付け”できない」

この4点を話していただいた内容と自分が考えたものを交えて話します。

「デキル人は”人”を大事にする」

 高瀬さんは、21歳から25歳までブラック企業で働いていて、そこは電話だけで不動産を売る会社でした。(話せない内容のブラックさもあります…)
それでも続けていたのは、「買ってくれた人がいてくれた」事でした。
 佐藤さんは、「自分ではなく周りの人の為に頑張る」「エネルギー源は人の数だけ存在する」と話していました。

 現代はテクノロジーの発達により、情報の精度が大きく上がってきました。それにより情報だけなら調べれば本当かどうかすぐに分かります。一方で「信用経済」といわれるようにどれだけ人との繋がりが出来るか、それが現代で成功する1つの方法として確立されつつあります。どれだけ情報が生まれても、お金以外を中心とした仕組みが発達しようとも、「人」がいなければ活用する事はできません。

 成功者にはその時代に合致する共通言語があると私は感じています。そしてこのお二方が成功したのはタイプは違えど、「目の前や周囲の人を大事にする」ことから始まったように感じます。どれだけスキルや知識があっても周囲に誰かしらいないとソーシャルビジョンを実現させるのは現代においては難しいものです。近くにいる人に向かい合って大切にする、当たり前に思えますがなかなか出来ていないことだと痛感しました。

「”ブラック”な働きが成功に通じる」

 現代では事あるごとに「体罰」「パワハラ」「社蓄」「ブラック」などといわれています。この言葉たちって、ジェネレーションギャップなんですよね。「働き方改革」なんていわれていますけど、社会はどこかで繋がっています。その中である一部分だけがそうした所でまた別の所にしわ寄せが来ます。その”責任感”などを感じながらギャップと向かい合うのか。

 高瀬さんは過去にそういった所で働いていました。その中でも働き、途中で辞めました。自分の感情と周囲の感情。これらが混在する意識下ではなかなか軸を置いて決定することは難しいと思います。そこで高瀬さんは、「見切りをつけるのは”期間”ではなくて”想い”という基準値が必要」だと。
 ”期間”は可視化できる明確な基準です。しかし、それに縛られるとその時間は自分にとっても有意義なものとはなり得ません。一方で”想い”はそのものを可視化することは出来ませんが、人を通じて体感することが出来ます。この差はどこにあるか。それは「自己完結」にあると思います。自分のビジョンがあって明確にやりたいことがある。その上で今ある環境でどうやってどこに価値を還元するかが重要だと思います。佐藤さんも私の恩師も話していたのが「頑張っているかどうかは周りが判断すること」という事です。「自己完結」している人は私が知る限り自己肯定感があまり高くないと思います。結局、自己肯定感がないと人はどこかで挫折すると思います。だからまずは「自己完結」せずに外に目を向けること。

 その上で、「”ブラック”な働きが成功体験に通じる」というのは、根本的なことを考えればごく当たり前なことだと思います。例えば、最近働き方として確立されている「フリーランス」。一般的なイメージは「時間・場所に縛られない」「好きなことで生きていける」となっているかと思います。実際、フリーランスの人の働き方は仕事の時間だけを見れば”ブラック”と呼ぶに相応しいものです。働く人や分野によっては1日15時間働いている人もいます。時給換算したら最低賃金を下回っているケースもあります。会社員などの場合は固定給があり、1日決められた仕事と時間を過ごせば給料がもらえます。アルバイトも同様です。じゃあなぜ「”ブラック”=悪」という風潮が広まっているのか。理由は2つ。1つ目は、働く・稼ぐことが多様化してきて組織<個人という価値観が存在し始めたから。2つ目に「働き方改革」という時代背景に流されて根本的な”幸せ”の定義を忘れてるから。

 人間は楽をして生きていきたい人間です。一方で自己実現の欲求が存在します。つまり、楽して成功したい、という考えが大衆派の考えです。しかし、大きなことを成し遂げるには最短で最速であることが求められます。いわゆる「量と質」です。ここにノウハウがあればある程度の所まで最短かつ最速でいけますが、なかなかそんなことはありません。じゃあどうするか。それは「全力の日々を継続」することです。成功が10000だと仮定して、毎日1を積み重ねるのと10ずつ積み重ねるのでは大きく違います。しかもその方向が毎日必ずしも最短ルートではないかもしれません。そうしたら、まずは「継続してやりぬく」ことが大事だと思います。そういう意味で根性は大事なんだと感じました。効率化はあくまでも量があってこそのものなので注意しましょう。

「自分がどんな人間か知ることが行動の原点」

 自分を知ることで自分自身の行動の最適化をすることができる。私は1時間半の話の中でその点を大きく感じました。
 イメージとしては「自己分析」ではなくて、自分の信念や美学、軸があってそこがぶれない、だから自分を知っているのかなと思いましたね。

 他人のことが良く見えるのは「他人」は大勢いて、比較が出来るからなんです。一方で「自分」を知るとき尺度がありません。その時に基準となるのが行動。もっと言えば、その背景にあるのが信念や美学だと思います。

 これを知っておくのと知らないのとでは、ストレス値が大きく違ってくると思います。ストレス値は自分の行動の結果から跳ね返ってくるものです。それをいかにコントロールしながら継続に繋げられるか。それこそが大事な要素かなと思います。

「人間のベースは”後付け”できない」

 ここが一番耳の痛い話でした。(笑)
 佐藤さんは「30代になった時、スキルはいくらでも後付けできるけれどマナーや礼儀などの人間的なベースは後付けできない」と話していました。高瀬さんも過去に先輩に対しての礼儀が無かったことがあるそうです。
 自分も正直、礼儀や挨拶が得意ではありません。それはフラットな目線で話せないことや、単純なコミュニケーション力不足、相手に忖度しているイメージがあるからです。
 しかし、この話を聞いて、今まで自分が得てきたものを振り返ってみると必要性を実感することが出来ました。恐らく、ネガティブなイメージを持っている人の多くが「受け取り側」に問題があった礼儀やマナーをしてきた結果が今に繋がっているんだと思います。

 このスキルは相手との1stコンタクトの一番最初の部分です。これから人とのつながりという”アナログ”な部分がより密になり、過ごした”期間”よりも達成した”実績”がものをいう時代のなかでは、必要不可欠なベーシックスキルだと感じました。

 なかなか周りにキラキラしている30・40代の方がいないのでとても新鮮で、違う世代から見た今の20代がどう捉えられているのか、幸せな30・40代でいられるためのキャリア形成などが分かった、貴重な1時間半でした。

 俺にとっての「デキル人」は「幸せに生きている人」だと思います。

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