Hiroyuki Murase

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最近の記事

記憶の旅日記10 シベリア

今回は祖父の話。母方の祖父は僕の生家の隣町、鳴海に住んでいる。今年で98歳になって、酒も煙草も呑まず、毎朝決まった時間に起き、決まった場所に置かれた歯ブラシで歯を磨き、決まったルートを散歩に行き、祖母の仏壇の前で大きな声でお経をあげ朝ごはんを食べる。決まった銘柄の食パンを決まった時間トースターで焼き、マーガリンを4つ角に置き、すっ、すっと4回食パンを回しながらバターを伸ばしていく。茶道のような型がそこにあり、正しく生きることの教科書がそこにある。 祖父は20代前半の頃を中国

    • 記憶の旅日記9 ウイーン

      ウイーンに行くと必ずレオポルド美術館に行く。この美術館にはたくさんのエゴン・シーレの作品を見ることができる。ウイーンで生まれたこの画家のことは高校生の頃に画集で見てからヨーロッパに来たら見たいと思っていた。高校の時の担任のK先生が、近付き難い空気の魅力的な女性でシーレが描く絵に似ていた。初めて行った時には21歳の時で、旅の途中だった。暑い日で、美術館の中がひんやりしていて、気持ちよかった。ほとんどだれも館内にいなかったように思う。その自画像は、絵の表面を通り越して、こちらを見

      • 記憶の旅日記8 アウトバーン

        26歳で会社を作った時、僕は学生だった。クリスチャンという東ドイツ出身のフラットメイトと2人で会社を作り、彼がマネージメント、僕がクリエーションを担当することになった。といっても最初はブランドもなかったし、ましてや製品もなかった。お金もお客さんも無いし、あったのはもう無くなる寸前の遠く離れた日本の伝統工芸だけだった。それからしばらくして名刺を作り自分の名刺に「Creative Director」という肩書きを書いた。その日から僕はクリエーティブ・ディレクターになった。クリスチ

        • 記憶の旅日記7 ベルリン

          今ドイツに住んで17年になる。もうすぐ人生の半分この国過ごしたことになる。一番最初にベルリンに来たときは21歳で一人旅をしていた時だった。 7月で21歳になったばかりで、オックスフォードの語学学校が夏休みになり、秋から始まるサリーの美術大学に入るまで時間があった。アルバイトをして過ごすかも考えたが、宿のお金をバスパスに当てて2ヶ月旅をしてみることを思いついた。当時学生で2ヶ月間バスをヨーロッパで乗り放題という格安チケットがあり、オックスフォードのチケットセンターでそのバスパ

        記憶の旅日記10 シベリア

          記憶の旅日記6 ニューヨーク

          初めてニューヨークに行ったときには、脛ぐらいまである大雪だった。伊勢丹がニューヨークでポップアップを開くということになり、アシスタントバイヤーだったEさんが僕らを誘ってくれて出展することになった。NIPPONISTAという名前のポップアップで、ソーホーの一角にあるギャラリースペースで開催されることになっていた。 弟が日本から、僕はドイツから行くことになり、現地で合流した。会場に着いたら全く準備が終わっていなかった。明日がオープニングだというのに、このままではオープンどころか

          記憶の旅日記6 ニューヨーク

          記憶の旅日記5 バーゼル

          夏のバーゼルはとても気持ちがいい。ここ数年はバーゼルにあるMuseum der Kulturen(文化博物館)でワークショップをするために滞在している。この美術館は世界中から集めた数万点の衣装や生活道具、宗教や儀式の道具などを所蔵している。ここのキュレーターをしているシュテファニーさんが僕を見つけてくれてメールをくれて、その後毎年夏にワークショップをするのがここ最近は習慣になっていた。 この美術館は街の中心にあって、バーゼルの建築家Herzog & De Meuronによっ

          記憶の旅日記5 バーゼル

          記憶の旅日記4 ミラノ

          ミラノもパリと同じぐらいよく行く、大好きな街だ。ミラノにはデュッセルドルフから飛行機でアルプス山脈を超えていく。僕は乗り物に乗ると途端に睡魔がやってくる。旅券の席番号を見ながらシートにつき、荷物を頭の上の棚に入れ、ベルトを締めた記憶が最後で、その後「着陸しました」というアナウンスがやってきて、その間の記憶がない時がほとんどだ。ある時の出張でミラノに行く時にもそんな調子で早朝の飛行機に乗り飛び立った。途中窓が眩しくて目を覚ましたら、ちょうどアルプスの上空で、雪化粧の山がまるで何

          記憶の旅日記4 ミラノ

          記憶の旅日記3 パリ

          パリは名古屋、デュッセルドルフに次ぐ3番目の故郷のような街で、毎年少なくとも2回、多い時には4回か5回は色々な用事で行っている。パリに行けば必ず誰かに会う。家族のような人、親友、お客さん。ファッションウィークの時には世界中から集まってくる友達のデザイナーやジャーナリストの人たちにも会える。仕事が終わり、ご飯を食べに行って、マレではフレンチ、オペラ界隈では和食や韓国、他にもベトナムやインドなどおいしいところがたくさんあるのも楽しい。3月にパリに行った時には6時以降の外出禁止が出

          記憶の旅日記3 パリ

          記憶の旅日記2 イスタンブール

          ドイツに来てすぐKという日本食屋でアルバイトを始めた。ドイツで一番古い寿司屋で、そこではウエイターの仕事をして、魚の名前をドイツ語で覚えた。コロナで去年潰れてしまったが当時はすごく賑わっていて、ものすごく忙しかった。夜11時半ぐらいに終わり、賄いの弁当をタッパーに入れてもらえるのが嬉しかった。 2週間ぐらいしたら日本から新しい社員が入ってきて、ボーズ頭の少年のような男で(実際には僕より6歳上だった)、Sという名前だった。休憩時間に好きな音楽の話をしていたら二人ともスカパンク

          記憶の旅日記2 イスタンブール

          記憶の旅日記1 オックスフォード

          21歳の4月、初めて日本からヨーロッパに着いてイギリスのオックスフォードで3ヶ月住んだ。オックスフォードは古い街で、ハリーポッターの映画もここで撮られたそうで、いかにも古いアカデミックなイギリスらしい街だった。日本でブリティッシュ・カウンシルが紹介してくれた大学附属の英語学校に行っていたが、授業料が高い割に学ぶことが少なくて学校はあまり楽しくなく、1年間日本でアルバイトして貯めたお金が消えていくのが辛かった。その時は長髪でゴムを5個ぐらい連ねて留めていて、確かカムデンマーケッ

          記憶の旅日記1 オックスフォード