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高齢者施設の観劇ツアーは許されるのか〜高齢者さん・ご家族・スタッフみんなで鹿児島→大阪の意味〜


こんにちは、医師・医療経済ジャーナリストの森田です。

表題の高齢者介護施設「いろ葉」の観劇ツアー。こちらは先日3月1日-3日に大阪で開催された演劇の公演に向けて、いろ葉の高齢者さん3名、スタッフ5名、それにご家族まで含め、鹿児島から大挙参上したというものです。

しかし、感染対策やリスク管理が叫ばれる今、なぜわざわざ手間ひまかけてこんなことをするのでしょうか?

病院・施設など感染に脆弱な方々が多くおられる病院や施設では、今なお外出禁止や面会制限など、感染対策の徹底が求められるところが多いのが現状。施設でじっとしていれば、感染対策とか、移動のリスクとか、いろいろ考えなくて済むのに…

ここ、とても大事なことのなので、今回は特に医療・介護従事者のみなさんに向けて詳しく解説します。

アドラーの共同体感覚



アドラー心理学では、人間は「共同体感覚(特定の集団の中で他の人たちと強固に繋がっているという感覚)」を感じられるときにはじめて幸福を感じる、とされています。

実は今回の観劇ツアーを決行した高齢者介護施設「いろ葉」は、まさに「高齢者さんもスタッフもごちゃまぜの共同体・コミュニティー」としての介護施設と言って良いところです。
また、今回のツアーの目的は「兎座」という演劇団体が作っている「脳天ハイマー」という舞台なのですが、その題材になっているのが今回のツアーを決行した「いろ葉」の介護。その劇中では、スタッフと高齢者さんたちのフラットで近い関係性の共同体・コミュニティの描き方がすごくリアルで、まるで寅さんとタコ社長が喧嘩するお決まりのあの名シーンのようでした。あの「男はつらいよ」の昭和の下町の人々の関係性を「高齢者さんもスタッフもごちゃまぜの共同体・コミュニティー」として表現すること。ここが今回の演劇の重要な要素の一つで、また「いろ葉」の介護の世界観の基礎となっている部分だと思います。

実は、これが出来ると、従来の病院・施設にありがちな支配・管理の縦の関係性から脱却出来るのです。


支配・管理からの脱却


従来型の病院・施設において、「患者(利用者)さん」と「施設スタッフ」の両者は、「治療・介護する側」と「される側」という関係性です。そこには、厳然と立ちはだかる壁があります。多くの病院・施設では患者用トイレとスタッフ用トイレが別に設置されていますが、これがまさに権力構造の違いを如実に表していると言っていいでしょう。(もちろん「いろ葉」ではスタッフも高齢者さんたちも当然のように同じトイレを使っています。)


これでは、共同体としての仲間意識は育まれません。「支配・管理」の上下の関係性に陥ってしまうのです。


冒頭の写真の真ん中に写っている82歳のおじいちゃんの話をしましょう。




彼はいわゆる「知的障害」で若い頃からずっと障害者施設に入居していました。「お金を使えたのは、週2回の缶ジュースを買うときだけ。それが楽しみだった」とよく言います。本当か嘘か知りませんが、そこではよくスタッフから暴力も振るわれていたそうです。




おそらくその施設では、「支配・管理の上下の関係性」だったのでしょう。

なお、そうした施設ではスタッフのメンタルが長続きせずすぐに辞めてしまい、退職→求人→教育→すぐ退職…の負のスパイラルの連続で施設経営は火の車になることが多いです。
高齢者・障害者の介護や支援をしたいと希望する人は基本的に優しさに溢れた人が多い。それなのに現場でやらされる仕事は「他人を上下関係で支配・管理すること」なのですからそれも仕方ないでしょう。

彼は介護が必要な高齢者になったことで、5年ほど前に障害者施設から高齢者施設である「いろ葉」に移って来ました。そして、いろ葉のスタッフはフラットな横の関係性の「仲間」として迎えてくれたのです。

いま彼は貯まりに貯まった障害年金…以前の施設では決して使えなかった莫大な障害年金を、いろ葉のスタッフの支援を受けながら楽しく使っています。今回の彼の観劇旅行費用もその一環です。

もちろん、介護が必要ではあるし、スタッフはあくまでも仕事としての関わりではあるのですが、その中でも、支配・管理ではなく、「共同体の仲間」として彼は存在しています。「仲間」だからこそ、こうした旅行もみんなで行ける。スタッフも協力してくれる。そういう関係性なのです。

今回の舞台ではそんな「仕事でもあり、仲間でもある」という現場の関係性の微妙な機微が絶妙に表現されていて、それはとても素晴らしいものでした。

なお、こうした施設ではスタッフのメンタルが安定するため退職者が殆ど出ず、経営コスト的にも非常に優れていることが多いです。


また、冒頭の写真には「昔なじみの友達に会いたい」と旅先での看取り覚悟の方もおられます。
もちろん、ご家族もそれも納得の上で、ツアーに同行されています。

「仲間」として介護に関われるとここまでのことが出来るのです。

そして、仲間だからこそ信頼関係が産まれる。そこには退職→求人→教育→退職という余計なコストが掛からないのです。


リスク管理は医療・介護従事者の保身


もちろん、移動や旅行をすれば、感染することもあるかもしれません。怪我をするかもしれません。ご高齢なので、旅先で突然亡くなってしまうことだって絶対にないとは言えません。そこには様々なリスクが伴います。

でも…そもそも論ですが、なぜ我々医療・介護従事者はそれらのリスクを管理しなければならないのでしょうか?

そもそも旅行に行くとか、外出するとか、運転するとか、人生の様々な行動は自分で選択して自分で責任取るのが当たり前なはず。
なぜ高齢者になったらいきなり誰かの、自分ではない誰かの責任になるのでしょう?

好きな旅行くらい、自分の責任で、リスクを覚悟で「行きたいから行く!」という決断があったって良いはずなのに。

そこには医療・介護業界特有の「クレーム対応・訴訟回避」などの事情があるります。もちろん、そこはとても大事でしょう。でも、クレームや訴訟を回避したいなら「何もしないほうが無難」ということになります。そしてそれは今、「感染対策」という大義名分によって容易に「何もするな」に変化しています。それはつまり「他人の自由を奪う支配・管理」なのです。

医療・介護従事者が、クレーム対応・訴訟回避と言って自分を守る。つまり、自己保身のために施設の人たちを支配管理する。それが「施設における支配・管理」の真の姿です。

言ってみれば、患者さん・利用者さんにとっての最大の敵は、「医療・介護従事者の保身」なのです。


こう考えると、「高齢者介護施設なのにご家族とスタッフみんなで大騒ぎ、の「いろ葉」鹿児島→大阪の観劇ツアー」の本当の意味がよくわかりますね。

冒頭の写真で「いろ葉」の高齢者さん、ご家族のみなさんが楽しそうなのも当然だと思います。


以上、「高齢者施設の観劇ツアーは許されるのか」でした。



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■僕の本


目次

はじめに

第1章 人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?
「人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?」
南日本新聞・南点
コラム1 入院?在宅?…誰が決めるのか

第2章 日本の新型コロナ感染症対策を総括する
「医療崩壊」を叫ぶほどに見えなくなる「日本医療の根本の問題」
コラム2 医療・介護は下流の処理班
専門家がゼロコロナを目指してしまうのは構造的問題であることを「取引の2類型」で確認した話
コラム3 文系?理系?医学はどっち?
感染対策はどこまで効果があったのか?
コロナ禍における『人新世の「資本論」』の意味
『すべり台』が街から消える?ダブルスタンダードな安全至上主義報道が社会を締め付ける
コロナ死1万8千人の陰であの感染症は2017年に死者が2万人も減っていた

第3章 日本の医療と孤独
コラム4 「生・老・病・死」は誰の課題?
医療による対応に限界が見えたとき、僕たち医師は何ができるのだろう
コロナ禍におけるジェネラリストの意義
日本人の「孤独度」は世界トップクラス⁉ 〜きずな貯金のすすめ〜
コラム5 「孤独」は最も重い病気
女子会に学ぶ、(傾聴+共感+承認)×100=答えを求めない会話術
〜女子は男子に、患者さんは医師に、答えを求めていなかったのか! の絶望的な気付き〜
コラム6 医療が人を不幸にするとき
10年後に消える医療者・消えない医療者
コラム7 「この管を抜いてください」

第4章 新型コロナワクチンについて
コロナワクチン、打たない夫と打った妻
コラム8 患者さんの味方になる医療
新型コロナワクチンについて
「エビデンスのないものはすべてデマである」というデマ

第5章 コロナ禍を生み出してしまった日本の医療の構造的欠陥
〇〇〇が多い県に住むと医療費が2倍に⁉
責任者の一番の仕事は「責任逃れ」ではない
コラム9 寝たきりの人が国会議員に?
医療市場の失敗
コラム10 医療・介護は「刑務所ビジネス」か

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夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)