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アングラグラグラ・2

  ぼくらの所属している事務所は劇場を持っている。キャパが100人という小さな箱だけど。
   売れてる先輩や後輩がチケットを売ればすぐに売れ切れる。配信だってあっという間。それに追加の配信だって当然のようにある。でもそうじゃない芸人たちは抱き合わせでやっと完売する。いや、ちがう。埋まらないこともあったな。(終わったときに、こんどは誰かを連れてきてねと社員さんに苦い顔をされたっけ)とうぜんぼくら2人だけでキャパが埋まるはずがない。そもそもぼくらは結成してそれほど経ってないし認知度が低い。と、言い訳する。コンビ歴が短くても売れてる芸人はいる。そのなかにはデビューしたての新人もいる。ぼくらは世に出たばかりじゃないし、以前に組んでいた互いのコンビでそれなりに名を馳せたはず。なのにチケットがさばけない。お客さんにコンビ名すら知られていない。その他大勢。どっちがどっちか分かっていない社員さんもいる。
   ライブの初MCが決まっていたのにぼくは行けなかった、地下鉄の遅延で。 MCができないないあいつは支離滅裂なことばかり言ったらしい。お客さんからは野次が飛びまくったという。ぼくと言えば、マネージャーさんに今度は早めに家を出るようにと釘を刺された。怒られたのは遅延のことじゃない。スマホのアラームが鳴らなくて寝坊をした。そうじゃなくて、そもそもセットしていなかった。遅延がなくても遅刻をしていただろう。
  ぼくらは才能も運もない。芸人なんかやめちまえ。
   
   暇をもてあましたぼくらはティンダーなんかで彼女を探すとか、芸人の誰かの家でぐでんぐでんになるまで安酒をあおるとか、持ちこみオッケーの安いカラオケ店で喉がつぶれるんじゃないかと思うくらい歌うとか(仕事がないから、がらがら声でいたって誰にも怒られない)、深夜のファミレスでドリンクバーに無駄に行ったり来たりしてオチがなくてくだらない話をしたり売れてる芸人のあらばかり探して悪口を言うとか。それから校庭のフェンスにへばりついて、野球の試合をしている高校生や中学生に野次をとばしたりとか。イオンモールを一階から最上階まで
ひたすら歩くとか(お金がなくて何も買えないから店には絶対に入らない)。
  つまり芸人でなくてもできることばかりをした。
  マッチングアプリの結果がちっとも出ない相方はことあるごとに、彼女が欲しい彼女が欲しいと繰り返した。芸人仲間に誰か紹介してよと頼んで回っているけれど、ぼくらにいないのに紹介できるわけがない。
「どっかに連れてくお金ないだろ」
「そんなん割り勘だって。むしろおごり?」
「あ、そ」
「金のない芸人だって知ってて付き合うんだから、おごれなんて言わないっしょ。おこずかいくれる人いないかな」
「いねえよ。ばかか」
  そんなんだから、客席にかわいい女の子がいると開口一番口にしたのは相方だった。
「高校生ぐらいかな。かわいい系」
  楽屋で順番を待っていた彼らの話題はその彼女のことでもちきりだった。
   彼らは入れ替わり立ち代わり舞台の袖に行き、その彼女を見に行った。
「誰のファンだろ」
  互いを見たけれど、誰一人として、心当たりがないようだった。
「ライブ中に、誰々のファンの人、手を上げてーとか、やっちゃう?」
  ぼくの提案にみな首を振った。彼女が自分以外のファンだと思いたくないのだろうし、なんであんなかわいい子があいつのファンなんだとのやっかまれると思っているのだろう。
「ま、ぼくはさ、彼女作りに来てんじゃないから。ぼくのファンのみんなのために漫才しに来てんだし」
  相方の言葉にあちこちからくすくすと笑いが上がった。女の子と付き合いたいって毎日のように言ってんじゃん。どの口が言ってんだか。
「ハーニーズさん。お願いします」
   もうじき本番だと呼ばれたぼくらは舞台の袖で順番を待った。
「ほら見て。あの子」
   彼は客席を見やった。ぼくも見た。彼女と目が合った気がした。
「ぼくと目が合ったよ。やっぱりぼくのファンじゃないかな」
  相方はにやにやしてぼくに視線を向けた。

  漫才にはセオリーがある。よく言う緊張と緩和。山を登るように内容を高めて高めて、一気にドーンと笑いを取る手法。はあはあ、なるほど、と先輩芸人に教えてもらい、試しにネタを書くことをした。ゴールをコンビニにして、プロセスをショートケーキとホットドリンクにする。だから、ええと、えー、ええ。ええ?ええええ。頭がこんがらがってきた。そして結局いつものスタイルに戻ってしまった。ぼくが頑固なのか、頭が拒否してるのか、ネタを書く手がそっち方面に動いてくれないのか分からない。そうできたら、お手本のような漫才ができて、ウケもいいと思う。素人ウケだけでなく玄人ウケも。そしたらきっと売れる。人気が出る。収入だって増える。通帳の残高を見ながら通帳の残高を見なくていい。こんな穴ぐらみたいな場所とさよならできる。太陽の元を歩いて、生きて、生活できる。
   せっかく教えたのになんでやらねえんだよと言われたけれど、この人だってやってないし、売れてない。ぼくらみたいな、なんだかよくわからない漫才をやっている。先輩ぶってるだけだ。
  よく分かってない人がよく分かってない人にアドバイスしたってなにも生まれない。

❇️読んでいただいてありがとうございます。漫才と同様に小説の書き方にもセオリーがあります。テーマを詳しく決めるとか、プロットを細かく作るとか。私のはどちらもふわっとしてます。テーマは誰々がどこで何をした程度。余白をつくるためにプロットはおおざっぱ!!だから反応が悪いのかなと思います。でも仕方ない、わたしの手はそっちにしか動いてくれない。