赤くて甘いイチゴジャム

「帰る道を忘れたの。今夜は泊めてくださらない?」
「街からここまで一本道ですよ?」
「もう夜だわ。女ひとりで帰すおつもり?」
「ここも対して変わりませんよ。独り身の男の家なんて」
「あなたも狼?」
「自覚はありませんけど」
「あら残念」
「夜道が心配なら送っていって差し上げましょう」
「それは悪いわ」
「家に泊まられるより何十倍もいいですよ」
「ケチね」
「ケチって…」
「いいじゃない一晩くらい。宿代がわりに少しだけなら触ってもいいわよ?」
「そう安売りするものじゃないですよ」
「あら、誰が私を触っていいなんて言いました?」
「……さぁ僕は外套をとってきますから、少し待っていてください」
「やめてって。冗談じゃない。怒らないで?」
「ふざけてるんじゃないんですよ」
「私だって本気よ」
「そもそもなんだって今さらこんなところに」
「それは言ったじゃない。あなたの作るジャムを買うためよ」
「ジャムなら街に売りに行っています。あなたもよく行くパン屋にね」
「えぇそうね。今朝は棚いっぱいに置いてあった。どれもキラキラしていてきれいだったわ」
「それはもちろん。ちょうど今朝、街まで行ったんですから」
「だから会いに来たのよ」
「だから?」
「あなたが近くまで来たのだと思ったらたまらなくなって。いてもたってもいられなくて」
「そうですか」
「一晩だけよ。ダメ?」
「もう二度とこんなことをしないと約束してくださるなら」
「こんなことって?」
「屁理屈並べて男の家に泊まることですよ」
「あなたの家だから屁理屈も並べるのよ」
「その辺信用ないんですよ、あなたは」
「そんな昔のことにやきもち妬かないで。あの頃は若かったのよ」
「どうだか」
「ねぇ泊めてくださるんでしょう?」
「ダメだと言っても帰らないんでしょ?」
「うなずいてくれるまで帰らないし、うなずいてくれたら帰る必要もなくなるわ」
「一晩だけです。朝になったら帰ってください」
「もちろん」
「ベッドのシーツを変えてきますから、どこかに掛けていてください」
「ありがとう。…ねぇ」
「はい?」
「明日の朝はとびきり美味しいジャムが食べたいわ。真っ赤な真っ赤なイチゴジャムを」