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プリティーリズム・レインボーライブが大変良かったという話

1.プリティーシリーズとレインボーライブ

プリティーシリーズを知らない人の為に少し説明するので知ってる人はここは飛ばしてください。


『プリティーシリーズ
』とは2010年からタカラトミーとシンソフィアが共同開発しているアーケードゲームとそのメディアミックス作品群です。

筐体がverUPするごとにアニメが作られ、現在放送中の『キラっとプリ☆チャン 第3期』まで計7タイトル、約10年続いてるアニメシリーズで、表題の『プリティーリズム・レインボーライブ』はそのシリーズ3作目にあたります。

自分はシリーズ4作目にあたる『プリパラ』から見始めて、大変面白かったので最初の作品から順番に見ようと第一作の『プリティーリズム・オーロラドリーム』から順繰り見てきたのですが、全51話の作品群なので『プリティーリズム・レインボーライブ』にたどり着くまで結構大変でした…
が、
それに見合うだけの面白さが『プリティーリズム・レインボーライブ』にはあったのでこうして筆を執っている次第です。

ここまでシリーズ計344話ほど見てきましたが(それでも全シリーズの3分の2ぐらいですが)それだけ見ても損をしなかったなーという面白さがこのシリーズにはあるので、プリティーシリーズに興味の湧いた方は是非今からでも過去シリーズを見てみてください。

シリーズの中で『プリパラ』は配信環境的にも見やすいですし、比較的新しく話も完結しており一般的な評価も人気も高いシリーズなので今でも話題を共有できる人も多く、シリーズ視聴のとっかかりおすすめです。

2.プリティーリズム・レインボーライブ概論

初めに『プリティーリズム・レインボーライブ』を見た上での作品全体の個人的感想をだらっと書いておきます。
そしてその後各論として良かった点をチョイスして少し掘り下げてみようと思います。概論なので具体的な感想が見たい人は飛ばしてもらっても問題ありません。


さて、プリティーシリーズ3作目、この後シリーズは仕切り直しして『プリパラ』が始まるので、プリティーリズムを冠するタイトルとしては『プリティーリズム・オーロラドリーム(以下AD)』『プリティーリズム・ディアマイフューチャー(以下DMF)』に続く最終作にあたるのが『プリティーリズム・レインボーライブ(以下RL)』と言う事になります。厳密にいうとRLのスピンオフの続編として『KING OF PRISM』シリーズがあるのですがここでは純粋にTV東京系列の土曜朝枠のアニメシリーズとしてのプリティーシリーズの文脈の中でRLを取り扱うので省きます。

プリティーリズム3作を通して見てきた印象としてですが、個人的にRLには前2作で培ったものが3作目でうまく整理され洗練化されながら単体作品としても完成度が最高に達した作品という印象を受けました。

ストーリーは一作目のADに近いまとまりを感じましたし、メインキャラクター7人+αの掘り下げのうまさはDMFでかなり多くのキャラクターの群像劇を扱った経験がよりコンパクトに生かされている印象を受けました。プリティーシリーズはアーケードとのマルチメディア展開タイトルであるという特性上ゲームと連動して1クールごとなどに定期的に大会を消化するシナリオになっているのですが、7人と言うメインキャラクター+αと言う人数が丁度良かったのか、大会の間にメインキャラクターのエピソードを消化し、大会でカタルシスを得るというルーチンがかなり上手く回っていて、常に話に緊張感があり展開がだれるという事がありませんでした。
これは最近の制作秘話インタビューで色んな制約や先行きの不透明さや試行錯誤のあった前2作と比べてRLはアニメ先行で比較的自由に作れたという所に起因しているのかもしれないですね。

この中で

 大庭さん 3年目なので、ユーザーの年齢が上がっていたんです。少女マンガのようなテーマを考えていました。
 依田さん 菱田監督から「ドラマっぽくしたい」という話もありました。

という記述がありますが、まさにRLは前2作より少し大人向けのドラマと構成になっているのを全体的に感じました。
前2作が大時代の少女漫画的な作品世界だったとすると、RLは少し昼ドラっぽい恋愛やメインキャラ同士の憎愛、家族間のドロドロした人間関係要素が入ってきます。
キャラクターの掘り下げ全般に対しても感じるのですが、大体どのメインキャラクターにも3段回ぐらい段階的に掘り下げる要素が用意されていて、そこに対してかなり長い尺を使った伏線を張ったり、話自体も2話構成3話構成以上のエピソードが多く、何週にもわたってしっかり話を理解しつつ追ってくれる少し年齢の高い視聴者を想定してる事を伺わせます。なので注意深く作品を見るタイプの視聴者であれば見続けていればちゃんとご褒美が用意されている構成になっていますし、こうした仕掛けが随所にある事で緊張感を維持するシリーズ構成が可能になっているのだろうと思います。

タカラトミーが想定した視聴層であるJS(女子小学生)が放送当時どう受け取ったかは分からないですが、自分は大人側なので、やはりこういう若干ハイターゲットの理論的な構成をされた作品の方が見やすく、純粋に好きな作品と感じやすくなってしまうのは確かですし、RLは後から見ても広い層に対して視聴に耐えうるクオリティを持った作品なのではないかと思います。
もちろんDMFみたいなスラップスティックな話も好きだし、JS層にはその方が受けが良かったかもしれないと言うのは、大ヒットした後続作品が対象年齢をリセットしたプリパラだったというのを見ても想像できそうな気はします。
色んな意味で3年周期で企画する玩具アニメシリーズの3作目だからこそできた作品と言えるかもしれないですね。


■プリズムライブ

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プリティーシリーズの目玉であるライブに関しては、RLは新しく『プリズムライブ』という楽器を演奏する要素を導入していました。
これはプリズムショーにセッションという概念を生んだので非常に良かったです。これも最初から最終的に7人がプリズムライブでセッションする事を前提にしたものになっていてここでもRLの演出とシリーズ構成がしっかり理論的に噛み合っている確かさを感じます。
セッションをする際に互いに異なるパフォーマンスをしつつ音楽的に融合しているという演出が好きなので、ライブ演出は後続作品のプリパラより好みだったため、この要素が後続作品に部分的な演出としてしか引き継がれなかったのは個人的に残念としか言いようがないです。
作るのは確かにめちゃくちゃ大変そうですが、その分ライブ演出のクオリティは今見ても全く色あせない素晴らしさがありました。
プリズムショーはフィギュアスケートをベースにしているので元々映像にリンク全体を使ったダイナミズムがあるのですが、ウィンターホワイトセッションのりんねとジュネの対決はそれが最高潮に達した名ライブでしたし、ジュネとりんねの連続プリズムジャンプが旧作の各キャラクターの最強技でプリズムワールドの使者として異世界を渡ってきた異次元の強者感を演出出来ていたのはシリーズの積み重ねの利点ですね。


■プリズムワールド

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他にはRLが生み出したもので後に繋がって行く要素としては、プリズムショーを具現化する源泉であるプリズムワールドがRLで現実世界とは異なるマスコットたちが暮らす異世界としてかなり具体的な形を得た事が大きいように思います。
以後プリズムワールドやそれに類する異世界の存在は形を変えながら『プリパラ』『プリ☆チャン』等後続作品の世界観のベースになって行きます。ビーフorチキンorフィッシュやペンギン先生と別次元の山田山夫の生まれ変わりである田中さんとの再会などに見るプリティシリーズが後々マルチバース(多次元宇宙)化していく下地はRLの時点でかなり具体的なイメージとして完成していたことになります。
こういうシリーズを重ねていくことで生まれる繋がりを見つけていくのはシリーズを通して見るうえでの大きな楽しみですね。

しかし物語の謎が解けるとジュネがこの世界に居残った原因は恋愛脳のペンギン先生のせいなのでこいつが全部悪いんじゃないの?と思ったらちゃんと最後マスコットの地獄行きになっていてこの辺も作り手の因果のバランスを取ろうという理性的思考を感じますね。


そんな感じでRLは全体としてざっくり言うとそういう印象の作品と言う感じでしょうか。


3.ビルドゥングスロマンとしてのRL

色々と語りたい所はある作品なのですが、なにしろ51話ある作品なので自分が一番良いな~と思った部分に論点を絞ってここでは『ビルドゥングスロマンとしてのRL』を考えてみたいと思います。

ビルドゥングスロマンとは教養小説の事で端的に言えば若者が様々な経験を経てアイデンティティを獲得するまでの過程を扱った作品の総称としてここでは使っています。
RLはその題名の通り主に虹の7色に合わせた7人のメインキャラクター(なる、あん、いと、りんね、べる、わかな、おとはの頭文字を合わせると"RAINBOW"になるそうです)+αの交流を通して自己形成の物語を形作って行きますが、そのなかで作品の主人公である『綾瀬なる』について以下幾つかトピックに分けて考えてみようと思います。
というのもやはりこの作品は7人の群像劇であると同時に、綾瀬なるの物語として綺麗にまとまっており、それが作品の非常に爽やかな読後感に繋がっていて、そこが一番好きな部分なんですよね。


■RLは綾瀬なるの主観で包括された物語

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RLの1話を見た時、まずADとDMFの前2作との大きな違いとして、RLは主人公である彩瀬なるの主観によるアバンタイトルの語りで物語が始まっていることに気付くと思います。
これは気になったので確認してみたのですが、51話中22話が彩瀬なるの語りで始まっています。
その多くはセッションなど複数話構成のエピソードで前回の話を覚えていない視聴者の為に説明として入れていると思うのですが、後半になるにしたがって頻度は上がり、特に説明が必要ない導入にも少しだけなるの語りが入ることがあります。
なるの語りが入らないエピソードはなるが観測していない出来事で始まる場合が多いです。
RLは彩瀬なるの主観の語りで緩やかに包括されている物語であり、なるが人として成長し夢をかなえるまでを描くと言う事がかなり明確に提示されている物語なんですね。


■RLにおける綾瀬なるの立ち位置は視聴者の代弁者

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RLは前述のインタビューにあったように少し対象年齢の高いドラマを指向して作られています。そのためどのキャラクターもかなり深く濃密な人物背景や才能を持ったキャラクターとして設定されていますが、この中で主人公のなるだけがそういったものを特に持っていません。
家族も極めて円満ですし、デコる事以外に特にこれと言った技能も持っていませんしプリズムショーも苦手な子として登場します。そもそもスケーティングが下手でこれは最後まであまり上達しなかったように見えます。
朝は寝坊するし部屋は常に散らかり放題で寝起きの髪はぼさぼさ、学校の好きな教科はおそらく親の影響で国語と美術で苦手な教科は数学と基本的に平凡で、当然将来何をやりたいかもまだ定まっていません。
これはADの初期時のあいらと似た配置ですが、ファッションデザイナーとしての才能を持っているあいらよりも特技が無いという意味ではなるはより視聴者(JS層)に寄り添う存在として設定されているのが判ります。

ただ一つだけ物語の主人公として特別な能力が与えられており、それが『音の色が見える』というものです。
これはプリズムの煌めきを見つけることができる能力であり、それを他人に伝播することができる能力と言えるかもしれないですが、そのことによってプリズムワールドの使者であるりんねのパートナーに選ばれる事になります。これについては後述します。

1話で現れる蓮城寺べるがなるとは対照的ななんでもできる、すべてを持っているライバルキャラクターとして登場してよりなるのキャラクターとしての立ち位置のコントラストを鮮明にしています。

作中、シャッフルデュオセッションでなるとべるの二人はセッションする事になりますが、その歌詞の中で

何も持たない私
全てを持った私

という二人を象徴する一節があります。
これは二人の違いを端的に表していますが、同時に二人は写し鏡で互いにすべてを持っていてかつ何も持っていない存在ともいえます。
べるは全てを持っているがゆえに本当に欲しいもの―愛―が得られないキャラクターであり、なるは何も持ってないがゆえに何にでもなれる可能性秘めているキャラクターと言えます。
このなるの視聴者の代弁者としてのニュートラルな立ち位置と、キャラクター性は当然大多数の平凡で一般的な視聴者(JS)が等しく持っている未来の可能性をなるを通して肯定する為に設定されています。

では何も持っていないなるは具体的にどうやって未来の可能性、夢をかなえるのでしょうか。
これは『社会活動』『プリズムの煌めき』という二つで達成されて行きます。


■社会との接点を持つ事で人は自己のアイデンティティを形成していく

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社会活動に関してはこの作品では実に明快で、RLは主人公のなるが学校の課外授業の一環として職場体験でprismstoneショップの店長をする物語です。
その中で仕事を通して多くの問題や多様な人々と関りその過程で自分の夢を具体化して自己実現していきます。
プリズムショーもその社会学習の一環でしかありません。
何故なら1話でその場の思いつきながらにも提示されたなるの夢はジュネがプロデュースしているブランドショップ「Dear Crown」みたいなお店の店長になる事だからです。

RLは社会学習と他者との交流を通してなるが自己同一性の形成と自己実現をしていくという実に真っ当な教育的作品なのです。


■プリズムの煌めきとは

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プリズムワールドの使者はプリズムの煌めきを求めている世界に訪れます。
その目的はその世界がプリズムに煌めくのを助けるためです。
プリズムの煌めきとは何かというとこれは結構抽象的なので何とも言えないですが、あえて言うとその人が自分らしく生き生きと輝いている瞬間に発せられる生命の発光、可能性のようなものと言えるかもしれないです。

誰もがみんな持ってる
自分だけのSpecial address
きっと届く7つのgift

つまりプリズムワールドの使者は人が元々持っているプリズムの煌めきを引き出す助けをする存在であり、代理人としてその世界で最もプリズムの煌めきを生み出す存在をパートナーにします。

なるはキャラクターとしては何も特別なものは持っていないですが、物語の役割としてプリズムの煌めきを見つけそれを輝かせ、人へと繋げていくことができる特性を持っています。
それは『成る―ものが新たに現れる。実現する。成就する。』というポジティブな名前にも体現されていますね。
『プリズムの煌めき』というのは全ての人が元々持っているものでありプリティーシリーズはこの心の輝きの大事さを『プリズムジャンプは心の飛躍』『プリズムアクトはハートの革命』『プリズムライブは虹の架け橋』等、形を変えながらもテーマとして掲げてきました。

翻ってRLは前述したようにここにもう一つの軸として社会活動の大事さを加えています。

社会との接点を持ちその中で自己を確立していく事、そして人の中にあるプリズムの煌めきを見つけ、輝かせ続ける事、その両輪でこの作品は作られているのでビルドゥングスロマンとして非常にバランスが良い物語になっているのです。


■GIFTとは

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ではGIFTとは何かというと、それはこの作品を見た人なら説明するまでもないことかもしれないです。人が本来持っているプリズムの煌めきを奮い起こすためのちょっとした助けこそがGIFTであり、その人が最も生き生きと輝やけるそれぞれが持った才能の事であり(英語の「gift」には”天からの授かりもの”と言う意味で「才能」と言う意味も持っています)、そういう意味ではなるにとってはりんねとの交流そのものがGIFTであり、それによって出会った人々との交流や様々な経験がGIFTと言えます。そして製作者にとってはこの作品そのものが視聴者にとってのGIFTであれと思って作っているはずです。

夢がどんな姿で貴方の側に来るか
分からないけど だから 素晴らしいの

誰もがどんな輝きを持っているのがそれは誰にも分りません、だからこそ素晴らしいのであって、初めから無理だと決めつけず、どんなものに対してもプリズムの煌めきを見出す心が大切だと、そしてそういう心を持ち続けていれば次はあなたの元にりんねはやってくるのかもしれないと『GIFT』は歌っているのかもしれないですね。


■等身大の物語

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綾瀬なるの物語の終着、プリズムワールドから送られてきたGIFTによってなるはどう変化したのか。
それが様々な登場人物の物語の終着と共に最終話で丁寧に描かれています。

朝起きたなるのよしっ!という決別の言葉で話は始まります。
この日彼女にとっては恐らくこの物語でもっとも大きな変化があります。
本人も気が付かない内に失恋をしていたこと、最終話でそれが初恋だった事を認識しました。それによって彼女の自己同一性は確立されます。それはその時の表情から彼女が26話の時のようにそれをただ悲しい出来事としてではなく、自分を客観視し新しい自己の発見だと認識している事が伺えるからです。
そして『prism stone』を卒業する事になり、変わって『Dear Crown』の店長になるという夢をかなえます。
ここで7つの虹が空にかかる1話の冒頭とほぼ同じシチュエーションに戻ってきます。
そして最終話では1話と異なり部屋は綺麗に整理され、屋根の上に軽々と登ることができるようになった事で彼女の心と体の成長を表しています。

淡い失恋をし、部屋を片付ける、そしておそらく50話でなるがりんねに約束した事(部屋を綺麗片づける、好き嫌いはしないetc..)もできるようになっているでしょう。

人間の成長と言うのはその実そういう地に足の着いた日常の些細な出来事の中に現れるものなのです。


様々な濃密な人間ドラマや異世界や世界の危機までも扱う作品ですが、この綾瀬なるというキャラクターの等身大の着地点で物語が包括されているのが非常に爽やかな読後感を感じさせて素晴らしいんですよね。




いやーほんとにいい作品でしたね『プリティーリズム・レインボーライブ』

あまりにいい作品だったので

この後『KING OF PRISM』を見るのが色んな意味で怖くなってきました。




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