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がん遺伝子パネル検査について(がんゲノム医療つづき)

現在、がんゲノム医療は大きく分けて二つの方法で実際の臨床現場に導入されています。

①がんの種類ごとに、一つもしくは数個の遺伝子を検査する方法
②がんの種類に関係なく、多数のがん関連遺伝子を検査する方法

これを見て、ほとんどの方はこう思われるのではないでしょうか?
『一つ一つチマチマと検査していないで、一気にドカッと調べちゃえばいいじゃん!』

ホント、まさにその通りなのですが、現実的にはそうはいきません。
なぜできないか?
コスト(お金や時間、労力)の問題が大きいと言われています。

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▼ちょっとした昔話から始めます
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ヒトゲノムが最初に解読されたのは2003年のことです。
当時は、ヒト一人のゲノムを解析するのに10年以上の年月と300億ドルもの費用が費やされました。
その後、DNA情報を読み取る機器(シークエンサーと言います)の高速化、低コスト化が急速に進行、発展し、
今では、一人あたり1日程度の時間と10万円以下のコストでゲノム情報を読み取ることができるようになっています。
たった20年ほどで、とてつもない進歩です!

この技術をがん医療に応用して、
一度にたくさん(数百個ほど)のがん関連遺伝子を調べることができるようになりました。
それが、『がん遺伝子パネル検査』です。

『がん遺伝子パネル検査』を行えば、基本的にはその人の「がん」で起こっている遺伝子の変化がわかり、その遺伝子の情報を基にした個人個人にあった医療(個別化医療と呼ばれます)を受けることができます。

このように聞くと、
そんな素晴らしいがん治療があるなら、是非受けたい!
と多くの方が思われるかと思います。
僕もとても期待しております。

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▼検査を受ける条件
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しかし、実際には『がん遺伝子パネル検査』を保険診療として受けるには、いくつかの条件があります。

1)固形がんであること
2)標準治療がないか、標準治療が終了していること

それぞれもう少し詳しくみていきましょう!

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1)固形がんであること
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そもそも固形がんとは、白血病などの血液がんを除いた、各種臓器や組織から発生する「がん」です。胃がんや大腸がん、肺がん、乳がんなどなどたくさんあります。
悪性リンパ腫は、リンパに塊を形成し、CTでも塊として写るので固形がんのイメージがあるかもしれませんが、血液がんに分類されるため、がん遺伝子パネル検査の適応は今のところありません。
なぜ、固形がんにしか適応がないのか?
がん遺伝子パネル検査といっても、全ての遺伝子が調べられるわけではありません。
検査方法にもよりますが、100~数百遺伝子(人の遺伝子は2万ほどあるそうです)です。
これらの遺伝子は、固形がんで意味のある遺伝子を中心に構成されているためです。

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2)標準治療がないか、標準治療が終了していること
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罹るヒトがとても少ないがん(「希少がん」といいます)には、この治療を行えばOKといういわゆる標準治療がわかっていない場合がありますので、その様な場合には治療の早期からがん遺伝子パネル検査を受けることができるようです。
一方、肺がんや乳がん、大腸がんなど、罹る人が多いがんは、多くの臨床試験が実施され、このような治療を行うのがベストという標準治療がほぼ確定しています。
標準治療がある「がん」においては、(今のところ)がん遺伝子パネル検査の結果から推奨される治療(抗がん剤)よりも、標準治療を優先的に行いましょうという状況です。
そして、標準治療でも「がん」の進行を抑制することが難しくなった場合に、がん遺伝子パネル検査が行えるというわけです。

中には、
標準治療よりも、遺伝子パネル検査の結果による個別化医療を受けたいとおっしゃる方もいます。
イメージ的に、個別化医療とか遺伝子パネル検査とかの方が効果高そうだし、副作用も少なそうですからね。
とはいえ、前回の『がんゲノム医療』でもお話しいたしましたが、
標準治療の中に、既に遺伝子検査やその結果を踏まえた個別化医療が入ってきています。
しかも、それらはまるまる保険診療です。
無理に保険診療外で遺伝子パネル検査を受けたとしても、多くの方は標準治療の範疇におさまる結果が出てくると推測されます。
つまり、多くの場合「パネル検査の結果からのベストな治療」と「標準治療を行うべく個別に遺伝子検査を行った結果から導き出されたベストな治療」が同じになるということです。

ですので、基本的には「標準治療をきちんと受ける!」ことが現在のがん治療ではとても大切です。

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▼あくまでも、選択肢の一つ
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そして、標準治療でも「がん」の進行が抑えられないとき
選択肢の一つとして『がん遺伝子パネル検査』があるということです。

選択肢の一つと書いたのは、
どこまでの抗がん剤治療を標準治療というか?
そもそも抗がん剤治療の効果がこれ以上期待できるのか?
という意見が分かれる問題は横に置いておいて、標準治療ではない抗がん剤治療を行う場面は実際に臨床現場では度々あることは否定できませんし
緩和治療という選択肢も忘れてはいけない重要な選択肢だと思います。

今のところ、その様な選択肢と並んで『がん遺伝子パネル検査』があるというのが僕の認識です。
というのは、
『がん遺伝子パネル検査』の結果、実際に薬剤の投与に至る方は、10%前後と言われているからです。
つまり、90%前後の方はパネル検査を受けても、薬剤の投与に至らないということです。

パネル検査の結果から、何らかの薬剤提案がある割合が10%というわけではありません。40~50%ほどの方には薬剤提案がなされるが、実際に投与まで到達する方は10%程度で、30~40%の方は薬剤提案はあっても、投与までに至らないというのが現実です。

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▼なぜ?薬剤の投与に到達しないのか?
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折角検査を受けて、それにあう薬剤があったのに、投与に至らなかったのか?

『がん遺伝子パネル検査』は保険適応であっても、その結果に適応する薬剤が保険適応かどうかはわかりません。というか、多くの場合、保険適応外かそもそもまだ治療薬として開発段階であったりします。そのような薬剤の投与を受けるためには、『治験』と呼ばれる臨床試験に参加することが一般的です。『治験』はどこの病院でも行っているわけではありませんし、臨床試験ですから参加するためにはたくさんの条件をクリアする必要があります。
『治験』が行われていないクスリの場合には、「患者申出療養制度」を活用する方法がありますが、なかなかのハードルの高さです。

このように、クスリに到達するまでに様々なハードルがあり、最終的にクスリに到達する人はパネル検査を受けた人の10%程度になってしまっているというのが現状です。

そして、90%の方は、先ほど書いた別の選択肢:
①標準治療外の抗がん剤治療を行う
②緩和ケア
を検討することになります。

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▼まとめ
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何だかちょっと否定的な感じになってしまいましたが
『がんゲノム医療』や『がん遺伝子パネル検査』の真価はまだまだ発揮できていないと思います。
その真価が発揮されたとき、「がん」は治る病気になっていることを期待しながら
『標準治療』をしっかりと受けていただけるよう日々精進しなきゃなと思いましたというお話しでした。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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