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夢の様な体験

「いや、そんな娘は知らないね~」

勇気を振り絞って聞いたのに、
店主の返事は
私の想像しているのと
反対の答えだった。

「そうでしたか、
ありがとうございます」

好きな娘の前で
自信満々に
バッティングセンターの
バッターボックスに
立ちながらも、
盛大に空振りしたような、

残念さと恥ずかしさが混じった
変な気分になりながらも
カウンターでソルティドッグを頼んだ。

飲むと
しょっぱさとすっぱさが
耳の下を刺激する。

でも、
確かにあの娘は実在した。
夢ではない。

秋葉原のコンセプトバーで
何度もカウンター越しに
会話したし、

福岡のあるあるネタで
盛り上がったりもした。

好きなイラストを書いていたり
声優を目指しているのも
知っている。

隣に座っている
常連のKさんと会話しているのを
こっそり耳をウサギの様にして
聞いたこともある。

だからこのお店に
いたこともあったし、
オススメだから行ってくださいね
と言われたから足を運んだ。

「あのお店行ってきたよ」と、
またその娘に報告しようと

会話が出来るようにネタを
仕入れに行ったのに
どうも私の思惑から外れた。

なんだか
この話自体が夢の様な話でもあり、
私が夜な夜な行っていた
あのコンセプトバーも
夢だったのかもしれない。

仕方なくお酒を飲み終えて、
今日は一旦家に帰った。

夢かどうか確認するため、
もう一度お昼の時間帯に
階段を登り
お店にランチを食べに行った。

あの娘の言う通りなら、
そのお店のメニューは
レコードに書いてあり
卵焼きが入っている
お弁当があるはずだ。

お昼にもかかわらず、
こないだきた時と同じく
照明はうす暗い。

男性客が一人いるだけで、 
他には誰もいなかった。

奥の席に座り
ざっと店を見渡す。

昭和の喫茶店の様な
いい雰囲気があり
目の前には
アップライトピアノもある。

ふと目の前には、
レコードの形をした
メニューがあった!

そんな発想があったのか
と思うも、
言葉では表せず
「へーー」としか言えない。

でも確かにあの娘の言う通り、
レコードに白い文字で
メニューが書いてある。

「やはり間違いない。
このお店だ。
アイスコーヒーやオムライスもあるのか。
でも狙いはあの弁当だよな~」

メニューにざっと目を通しながら
どのランチに例の卵焼きが入っている
お弁当なのかあたりをつける。

すると、
メニューに弁当の文字があるではないか。

「あっ! これか、うわさのお弁当は!」

点と点がつながり
一本の線になった。

ようやく会えた嬉しさと
夢と現実がつながった。

「このお弁当とアイスコーヒーを
お願いします」

ひとりで勝手に
気持ちを盛り上げるが、
それを悟られないように
注文をした。

料理が出てくるまでの間、
そわそわしながら
色んなことを考える。

今度あの娘に会ったら
どんな会話をしようか、

常連のKさんにも
福岡に来ることがあれば
誘ってここにも来たい。

福岡のコンセプトバー巡りもいい。

そんな夢みたいなことを
考えていると、

アイスコーヒーと
お弁当が運ばれてきた。

しかし、
お弁当にしては
想像しているのと違う。

四角い箱に入っているものを
想像していたが、

運ばれてきたのは、
上に取っ手のついた鍋に
木のフタがされている。

よくテレビドラマなんかで
囲炉裏を囲むときに
火の上に鍋を吊して、
料理を振る舞われるようなアレだ。

ここでも冷静さを保ちながら
軽く会釈をする。

驚いていても始まらないので
とりあえず写真を撮る。

今度あの娘に会った時に
「これ何か分かる?
行ってきたよ」と
見せてやろうとおもう。

さあ、
中身といよいよご対面だ。

木のフタの下で
あの卵焼きが入っているのか
期待が高まる。

フタをあけてのぞき込むと
そこには期待通りの物が入っていた。

白いご飯に黒ゴマと梅干し。
ちょこんと塩昆布。

おかずには、
キャベツの千切りと
秘伝のタレをまぶしたような
焼き肉。

そして、
黄色い卵焼きが二個。

うす暗いお店の中で
黒い鍋そして白いご飯の上に
ちょこんと添えられている様子は、

舞台の上でスポットライトを浴びて
優雅に舞う踊り子の様だった。

黒の中から黄色が浮かび上がり
その存在感を存分に発揮している。

なんと食べるのが
惜しい布陣なんだろう。

食べるのが惜しいので、
まずは記録として写真に撮った。

さあ、頂こう!

まずはお肉からだ。
濃い味が自然とごはんへ
手が伸びる。

すこしサラダを食べ、
また肉、ごはんへ。

1、2、3、
1、2、3とワルツを踊る様に
箸と踊る。

そしてメインの卵焼き。
プルプルふるえながら
わたしの口の中へと
消えていった。

気が付くと
あっという間に
平らげてしまった。

満足感と共に夢ではないことが
わかり安堵した。

あの夢の様な話は
夢ではなかったし、

夢みたいな
安らぎをくれた
コンセプトバーは
確かにあったのだ。

それが
このお店を通して見れた
私の夢かもしれない。

いつかまた
東京に行くことがあり、

コンセプトバーに顔を出したり、
あの娘にもし会うことがあれば、

今日の喜びを写真と共に
きちんと伝えよう。

その時がいつか来るのを
夢見ることも
これからの楽しみの
ひとつになるんじゃないかな?

そんなことを思いながら
お店を出て階段を降りた。

夢から覚めるような、
まぶしい太陽が
目に飛び込んできた。

さあ、帰ろう。

《おわり》

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