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もう一度その美容室に行こうと思った理由と、よからぬ忖度。

美容室に行くことが苦手である。苦手、というのは言葉選びが違うかもしれない。別に座っているだけであるし、得意不得意を問われることもない。ただなんとなく決まった場所に一、二時間じっとしていると何もすることがなく(当たり前だ)、そうなると寝る前のように何となくいろいろと考えごとをはじめ、自分と会話することが多くなるから疲れるのである(まさに鏡に映る自分と向き合って)。

疲れることが分かっている場所にはなかなか自ら出向こうとはしないもので、よくて1クールに一回、行かない時は半年に一回くらいしか行かない。まあそれでも曲がりなりにも身なりに気を使っていたころはもう少し頻繁に行っていたけれども、もともと苦手であるのだから動機がなくなれば行かなくなるのでる。

しかし、そんな私でも時には行かなければならない、つまり身なりに気を使わなければならないときがある。最近で言えば妻の実家に行くときや、あまりにみすぼらしいと仕事に影響しそうな場に臨むときなどがそれである。後者のタイミングが最近あって、数か月ぶりに美容室に行ったわけである。

当然そんな頻度で、しかも急に思い立って行くのであるから、特に決まったお店はなく、なんとなく立ち寄るとか、その日の動きの導線上都合がいいとかで選ぶ(最近はこれがよくないのではないかと思う)。この一年ほどは仲の良いヘアメイクさんに現場で切ってもらうとか、妻にくっついていって切ってもらうなどしていたので、イチから新しいお店、新しい美容師さんに切ってもらうのは久しぶりだったのである。これはまた疲れそうだ。例の如く自分と会話をするゆっくりとした時間が待っている。

担当者は私より少し若い男の人であった。決してチャラくなく、物腰の柔らかそうな人だった。しかし、こういう人はこういう人で困るのだ。きっと気遣いができる人であるから、私の雰囲気を見て「あ、きっとこの人はあまり喋りたがらないだろうな」と分かってしまう人であるから、必要以上のことは喋らず、ひたすらシャリシャリと髪を切っていくタイプなのだ。いや、ありがたい。その気遣いはありがたいし、誇っていいスキルなのであるが、私はさらにこじれている。いっそベラベラと喋ってもらった方が、いや、それはそれで文句を言うと思う、というくらい美容室に対してはこじれているのだ。

私は決めた。今日は思い切ってこっちから喋ってみよう。

そうすれば意外と時間は早く経つのかもしれない。もう二度とこの店には来ない、すなわち、彼には会わないだろう。多少の失礼があっても許されるはずだ。私は話しはじめた。

煙草の話(彼も喫煙者だったので)→アイコスの話(彼は職業上アイコスに変えたということだったので)→禁煙の飲食店が増えた話(彼が独身で外食ばかりだと言うので)→私の知っている床に煙草を捨てられるホルモン焼き屋の話(彼の帰路にあることが分かる)→彼の仕事の苦労話(なんとなく年上なので同情的に聞く)→手に職があるからどこでもやっていけるじゃないかという励まし(なんとなく彼もそう思っている風の頷き)→海外でもやっていけるしねという無責任な私の提案(すると彼も具体的に考えていたことを当てられたようで驚く、てか私が驚く)。

といった具合にそれなりに会話はつづき、彼の物腰の柔らかさも手伝って、そんなに悪い時間ではなかった。しかし、そこで調子に乗ったのが悪かった。

「海外で美容師やるならさ、デリバリースタイルにしなよ。現地の日本人相手にさ。これ何がいいかって、うちの姉もずっと海外に住んでいるんだけど、小さい子どもがいたりするとさ、一緒に美容室行ったとしても自分がやってもらっている間は子どもが心配、子どもがやってもらっている間は自分が暇なんだって。家だとさ、自分がやってもらっている間は、子どもにはいつものDVDでも見せておけばご機嫌だし、子どもがやってもらっている間はさ、自分は家のことができる。しかも美容師はお店も持たなくても営業できる」

テキトーなことを言ったつもりはないが、なんとなく、それなりに、間違いなくテキトーではあった。なんのマーケティングデータも、成功例も知らぬのだから。

言うのは簡単だけれども、実際には似たようなことをやっている人は多いだろうし、みんなが上手くわけはない。現実は厳しいはずである。しかし、そんな私の提案を聞いた彼の目の色は変わった。

「それ、いいっすね!」

それまで決してお客さまには若者言葉を使わないデキた接客をしていた彼の素が出た。「いやでもまあ難しいだろうけど」私は彼のテンションを少しなだめようとしたが彼は「いや、いいっすよ!それ!」と何か合点がいったかのように続ける。そのころには私の髪型も何の変哲もなく出来上がりはじめていたので(私の注文に変哲がなかっただけで彼の技量は確かであった)、私は面倒くさくなって最後には「がんばって」と言って店を出るしかなかった。だってもう会わないだろうし。

しかし、刈り上げた首元をさすりながらの夜道で思うのである。いや、彼が本当に私の提案を真に受けて明日から海外に行くことはないと思うが、万が一、万が一、そんなことがあれば私に責任の一端がある。

よく情熱大陸やプロフェッショナルで偉人が語る「きっかけ」ってこんな感じ、ではある。誰かのふとしたひと言だ。

私の脳裏では数年後、彼がメディアで「いや、なんか初めてのお客さんだったんですけど、デリバリーにしなよって言ってくれた人がいて。名前も覚えてないですけど、なんかその日すっげー夜空がキレイで、これだってなって」とか語っている姿が再生されていた。まあ、そうやってメディアに出るほど成功してくれればいい。フィーのひとつでも欲しいくらいだが、仮に望む結果にならなかったとしたらと思ったのだ。

私は美容室が苦手で、間を埋めるためにテキトーなことを喋っただけだ。もちろんそれは責められることではない。ただ、テキトーなことを喋るのであれば、煙草やメシ、映画やテレビ、せいぜい家族のことくらいにしておかなければならない。仕事や人生や将来の話をテキトーにしてはならない。どこでどんな影響が出るか、誰にも分からないのだ。

テキトーならマジぶってはいけないのである。マジぶって話すと楽なのだが、意外と落とし穴はそこにある。仕事でもテキトーに考えついたことをマジぶって話すと誰かを巻き込んでしまう危険性があるように、恋愛でもテキトーな覚悟をマジぶって話すと引き返せなくなるように、テキトーならテキトーに、マジならマジで話さなければ、よからぬ「忖度」を生んでしまうということなのだ。

美容室、ますます苦手になりそうだが、彼には念のためもう一度会いに行こうと思う。いろいろな理由で、顧客は生まれるものである。

#コラム

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