ブギーポップアンブレラ/雨上がりの恋路9

 サーカム保険会社保養所と名付けられた施設は、保養所とは名ばかりで内部は最先端の医療機器が揃えられた最先端医療の現場だ。
 恋路は例の彼女のツテでそこに運び込まれ、救命手術を受けたのは一ヶ月も前の出来事だった。
 しかし恋路の怪我は重傷だった為、適切な処置をし目覚めるに充分な状態であるにもかかわらず彼が目を覚ますことはなかった。
 代わりにというにはいささか不謹慎だが、目を覚まさない彼に触れると自身の才能が極限まで開花するという噂が病院内で広まるようになり彼の病室を訪れる者は後を絶たなかった。
 彼の主治医でる変人と称される蒼顔のドクターが推察するに、今の恋路に触れると己の内に眠る覚悟が開花するらしい。
 施設に勤める職員がその効果を欲して足繁く眠れる恋路の病室に通う中、そんな効果には目もくれず、それでも一日たりとも欠かさず見舞いに来ている少女の姿があった。
 落ち着いた黒のスーツを身に纏った少女とは思えない迫力を持つ彼女は、今日も恋路の見舞いにやってきたところだったが、胸もとに入れていた通信機器が震えた為に病院の中庭に出てきていた。
「えぇ、そちらの方は順調でなによりね。鳥の女王はこのままあなたのサポートをさせなさい。システムには死亡したことにしてあるからあなたと組むことは誰にも知られないわ」
 彼女は一秒一刻を争うスケジュールで動いているにも関わらず、けれどこの病院で見舞いをするということに関しては決して他の予定を優先したりはしなかった。
「……あぁ、それと鼎さんだけど、彼女の希望で『提案者』の先生に預けることにしたわ。あそこなら先生とお侍さんが彼女の才能の行き着く先を見守ってくれるでしょう」
 彼女は中庭で業務的な話を終えると、通信機の電源自体を落して再び恋路の病室がある棟へと向かおうとした。
 その途中で中庭から施設内に入る為の渡り廊下で、彼女は足を止めてふと空を見上げた。
 昨日まで酷い雨模様だったというのにこの時間は雲一つない青空が広がっている。
 中庭の草にはまだ雨露が残っていて、そこに陽の光が反射して中庭全体がきらきらと光っているように見えた。
「レイン・オン・フライデイだっていうのにこんな青空見させられちゃあね。まったく君が目覚めたらすぐにプレゼントしたい名前があるのよ―――ね、雨上がり(アフター・ザ・レイン)の恋路くん」
 青空にウィンクするように目を細めて、彼女は渡り廊下を再び歩き始めた。
 そこに傘は要らず、体を濡らす雨もない。
 あるのは青春(アドゥレセンス)のように清々しい、雨上がりの青空だけだった。


おわり
  

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