ブギーポップアンブレラ/雨上がりの恋路7

 鼎が訪れている廃工場の裏側、そこには物資搬入用にトラックや大型車でも入ることが出来る出入り口があった。
 そこに今、一台の大型戦闘用車両(ガントラツク)が停まっている。
 もちろん日本の公道を走っても不審に思われないよう商用トラックに似せた偽装は施されてはいるが、実際は戦場を走ることを想定した防弾装甲を施してあり内部には重火器がずらりと積まれていた。
 そんな車両の中には武装した傭兵が八人ほど待機していた。
 彼らはパソコンのモニターや通信機を使って仲間達と連絡を取り合っていたのだが、数分前からぱったりとその仲間達からの連絡が途絶えたことで、次に取るべき行動の対策を練っていた。
「先行部隊からの連絡が途絶したということは、我らも出た方がいいんじゃないのか? 敵に遭遇したかトラブルに遭ってるかはわからないが助けが必要な状況なのかもしれん」
「とはいえよぉ。その敵やトラブルってのが俺達の手に終えなかった場合どうする? 装備を調え万全を期してからの方がよくねぇか?」
「それは何日後の話をしてる? この国じゃ武器の仕入れは容易じゃないぞ? まさかヤクザ連中から精度の低い密造品を買うつもりか?」
「そうは言ってねぇよ。ただ先行部隊は隊長を含む精鋭だぜ? あの五人になんかあったなら相当ヤバい状況だって言ってんだよ」
「けれどここを逃したら例の兵器はまた闇市場に流れる可能性もある。これまで掛けた歳月と費用も考えるとここで絶対に手に入れておきたい。リスクがあろうとな」
 彼らは皆、この国のものではない言葉で話していた。
 顔つきは西洋系から東洋系まで幅広い。
 〈イーヴィル・エンパイア〉―――それが彼ら傭兵部隊の名称だ。
 構成員はここにいる八人と先行部隊五人を含めた十三人。
 かつては世界中の紛争地へと出向き報酬次第ではどのような危険な作戦にも参加するという方針で活動していたのだが、三年前から彼らは紛争地で命をかけるよりもより高額な報酬が出る仕事に取りかかっていた。
 その仕事というのが大量破壊兵器ロックボトムの獲得だ。
 依頼主はとあるテロ組織のトップということになっているが、真実は統和機構が裏で糸を引きロックボトムを回収させようとしている―――ということを彼らは知るよしもない。
 真実など彼らにはどうでもよく、三年という月日を裂いてきたロックボトム獲得の任務が成功し、莫大な報酬を手に入れることだけが彼らの目的であった。
 極めて細い糸を見つけたぐっていくかのような根気強い捜索によって、彼らは日本という国にロックボトムが持ち込まれた事実を突き止め、そうして今日ようやくその保管場所を突き止めることが出来たのだ。
 すでにロックボトム確保の為、隊長と四人の精鋭兵士が廃工場へと突入している。
 彼らにとって黄金の果実と言っても過言ではないロックボトムまであと一息というところまで近づいているのだが―――しかし彼らはどうしようもなく不運であった。
 折枝鼎がロックボトムを欲し、工場を訪れていた。
 つまり彼らは折枝鼎とロックボトムの争奪戦をしなければならないのだ。
 いかに屈強で歴戦の傭兵と言えど、恐るべき能力を有したMPLSを相手取ることは無謀だった。
 実際、先行部隊はすでに折枝鼎と遭遇し、そして戦闘状態に入る前に決着は付いていた。
 心の中に後悔の栞を挟み込まれた先行部隊の傭兵達はすでに折枝鼎の従順な配下となっているのだが、後方で待機している者は廃工場の内部でそんなことが起きているなんて知るよしもない。
 車両の中でしばらく議論していた傭兵達だったが、そんな中でずっとパソコンのモニターに張り付いていた一人が不意に声を上げた。
「おい、見てみろよ。表の方に人が集まってきやがった」
 工場の周辺を監視していたモニターには、鼎の協力者達が鼎の居るこの場所に集っている様子が写し出されていた。
 彼らは恋路と多摩湖から鼎を守る為に集合しているのだが、傭兵達には何故こんな廃工場にただの一般人が集っているのかさっぱり理解出来ない。
「ちっ、こんな時に……」
「どうする?」
「聞くまでもないだろ。作戦の邪魔になるなら―――」
 傭兵達は最後まで言い切る前に銃器へと手を伸ばしていた。
 作戦失敗の可能性は一%でも下げておく。
 彼らがどこの戦場でも行なってきたことだった。

 バイクを飛ばして廃工場の前までやってきた恋路と多摩湖が目にしたのは、何十発という銃弾によって体中を蜂の巣にされ息絶えている鼎の協力者達の亡骸だった。
 おそらく十人以上は死んでいるのだろうが、中には手足が千切れて散乱してしまっている者も居るので正確な数が把握しにく。
 辺りには血と硝煙の匂いが充満していて、この惨状がたった今出来上がったばかりだということすぐに見て取れた。
 そしてなにより惨劇を作り上げた張本人である傭兵達が未だ銃器を手に廃工場の正面に待機しているのだ。
「あいつらが―――っ!」
 無残に転がる死体を目にした恋路の胸の奥から言いようのない怒りがこみ上げてきた。
 恋路は無謀にもバイクで傭兵達に向って突っ込んでいこうとしたが、そんな行動を傭兵達が見逃すはずもなくバイクの音にだいぶ前から気付いていた傭兵達は一斉に恋路の運転するバイクに向ってマシンガンを構えた。
「雨理と心中は嫌っすよ!」
 多摩湖は咄嗟に恋路の体を掴んでバイクから飛び降りて地面を転がった。
 傭兵達はマシンガンによる一斉掃射を開始し、スピードを出していたバイクは瞬く間に鉄クズ同然までにぼろぼろに撃ち続けられ、弾丸を浴びたエンジンに火が付いて爆発が起きた。
 多摩湖は爆発で一瞬相手から自分達の姿が遮られたのを利用して恋路の体を掴んだまま廃工場の正面―――つまり傭兵達が待ち構えている所へと突撃していく。
「頼むっす、雨理」
 合成人間の身体能力を駆使して疾走する最中、多摩湖は恋路に言った。
 同事に掴んでいた恋路の体を全力で廃工場の入り口へと投げ飛ばす。
「あんな連中が鼎ちゃんを狙ってるかもしれないっす。だから雨理―――」
「最後まで言わなくてもわかってる。守ればいいんだろ?」
 投げ飛ばされる最中に二人はそう会話を交わして視線を合わせた。
 多摩湖の目的は一貫して折枝鼎を守ることであり、恋路はそれに協力しようと決めたのだ。
 取るべき行動は言葉を重ねなくてもわかっていた。
 傭兵達は自分達の頭上を恋路の体が飛び越えていくのに気付いて咄嗟に銃口の向きを恋路の方へと向けようとしたが、その時、頭上から一斉に下りてくる羽音に気がついた。
 それはカラスの群だ―――。
 何十羽というカラスの群が一斉に傭兵達に向って鋭いツメやくちばしを向けて急降下してきていた。
 多摩湖の能力を前もって浴びせられているカラス達が傭兵達を強襲している間に、投げ飛ばされた恋路は廃工場の入り口付近で受け身を取って着地すると、後ろに居る多摩湖へと振り向くこともせずに工場の中へと走っていく。
 多摩湖はそんな恋路の背中を見て、満足そうに頷いた。
 カラスに襲われている傭兵達は、足止めは出来てはいるがそれだけに過ぎず、マシンガンを使えばカラスを殲滅するのも容易いだろう。
 だからこそ多摩湖は一人で残ったのだ。
「後は私に任せて先に行けってやつ、まさか自分がそんな役目を買って出るとは思ってもみなかったっすけど」
 多摩湖の目つきが鋭く切り替わり、そして静かに言った。
「コードネーム・ペンギン―――私は飛べない鳥だけど、それでも出来ることはある。愛の為に戦う、とかね」
 八人の傭兵を相手して無事に済むとは多摩湖自身思えない。
 それでも多摩湖は恋路に鼎のことを託し、敵中へと飛び込んでいった。

「寺月製糸工場……」
 工場内に入った恋路は鼎のことを捜索している間に、倉庫へと迷い込んでしまった。
 倉庫には各種様々な糸が巻かれた巨大なロールが転がっていた。
 恋路はロールに付けられていたのだろうラベルが床に落ちているのを見て、ラベルに描かれた工場名からようやくここが製糸工場だったのだと気付いていた。
「なんでこんなところに折枝鼎が……? さっきの兵士達もなんで居るのかよくわからんしな」
 恋路はこの工場にロックボトムが眠っていることも、それを鼎が手に入れようとしていることも、まるで知らないのだ。
 そして鼎が五人の傭兵を配下とし、恋路を待ち構えているということもまた恋路には知るよしもなく―――。
 カチッ、と恋路の足下で音がした。
「……?」
 なにか踏んだろうかと恋路が足下に目を向けた時にはすでにバキバキバキッと恋路が踏んでいた床に無数の亀裂が入って、逃げる暇もなく床が崩落していた。
 それは傭兵達が施したトラップだった。
 侵入者を捕え確保する為の原始的なトラップ―――落とし穴だ。
 恋路はあっさりとそれに引っかかり高さ四メートルはある穴の下へと落下したのだ。
「ぐぁっ……!」
 崩れた瓦礫と一緒になって恋路は落とし穴の底に体を打ち付けられた。
 しかも運悪く瓦礫が頭に当ってどろりと血が流れている。被っていたお面も瓦礫によって外れてどこかに行ってしまった。
 体中が痛く、頭が朦朧として意識が飛びそうになる。
(駄目だ……せっかく多摩湖が折枝鼎を助けたいって覚悟を俺に託してくれたってのに。こんなところで気を失ってる場合じゃないっ……)
 気持ちはそう強く想っているのに、けれど意識はどうしようもなく薄れていく。
 すると恋路が落ちた落とし穴に向って複数人の足音が近づいてきた。
 トラップの作動に反応して傭兵達が恋路の元へとやってこようとしているのだ。
 恋路も足音の主が自分を助けに来てくれたなどと楽観的に考えたり思えるはずもなく、近づいてくるのは敵なのだと察していた。
(まずいっ……まずいまずいまずいっ……動いてくれ、俺の体っ!)
 意識の限界の中、なんとか右腕だけを動くように強く念じ、恋路はポケットに忍ばせていた覚悟の欠片が入ったピルケースをなんとか開けた。
 そして指先が触ったものを確認もせずにつまみ上げて、最後の気力を使って口元へと運ぶとごくりと飲み込んだ。
(誰の覚悟でもいいっ、俺にここを乗り切るだけの力を貸してくれ……!)
 藁にもすがる思いで恋路が飲み込んだ覚悟の欠片は、恋路の目に移る余裕もなかったのだが―――それは夜の闇よりもより深い漆黒の欠片だった。
 例えるのなら闇の中だというのに何故だかシルエットが見える不思議な黒い影のような色合いで、かつて恋路がその欠片を手に入れた時には言いようのない不気味さを感じた。
 通っていた学校の同じクラスのごく普通の少女から、なぜこんな漆黒の不気味な覚悟が溢れたのだろうかと不思議でならなかった。
 そのクラスメイトの名は確か―――。
 体の中に覚悟の欠片が溶け込んでいく感覚を味わっている恋路はふと通っていた高校のクラスメイトのことを思い出していた。
(宮……下……)
 さして親しかったわけでもないので苗字までしか出てこない。
 恋路がその覚悟の欠片をこの場で選び取ったのは偶然なのか必然なのか、それを考える者はこの場にはおらず。
「―――」
 さっきまで意識が飛びかけていたというのに、恋路はすぅっと目を開けると頭から流れていた血をさっと手で拭った。
 そして血の付いた手で唇を撫でる。
 すると恋路の唇は血で彩られ乾いた血はまるで黒いルージュを引いたように見えた。
「―――」
 恋路はすぅと無言で立ち上がる。その様はまるで地面から影が伸びたようだ。
 その表情は黒く塗られた口元の右側だけがつり上がっていて、それでいて左眼は細めている曰く言い難い左右非対称なものだった。
 その時、恋路の頭上で―――落とし穴を囲むように足音が停まった。
 傭兵達が到着したのだ。
 四人の傭兵達は落とし穴の底に立っている恋路を見ると、鼎が始末するよう命じた少年だとわかったようだ。
 彼らは構えていたマシンガンの銃口を穴の底に居る恋路へ向け、トリガーにかけていた指に力を込めようとする。
 そんな傭兵達の動作に会わせるように、恋路は動揺する素振りさえ見せずに静かにつぃと指揮者のように両手を挙げた。
「―――君達は愚かで、そして哀れなのだろうね」
 きらり、と傭兵達の周りで光るものがあったが、彼らがそれがなんなのか気付く前に。
 ―――絶叫が上がった。

 工場内部で悲鳴が上がったのと同じ頃、工場の外で交戦中の多摩湖もまた押し殺すような悲鳴を上げていた。
「うぐっ……!」
 マシンガンの弾が右足のふくらはぎをかすり、血と肉が弾けた。
 しかし多摩湖はそれでも足を留めることなく、工場の周りにいくつも置かれていたコンテナの影に逃げ込む。
 するとコンマ数秒の差で多摩湖が走ってきた軌道にばばばばばっ、とマシンガンの掃射が行なわれる。
 ふくらはぎの負傷を気にして一歩でも立ち止まっていたら今頃多摩湖の体は蜂の巣になっていたところだ。
 コンテナの影に身を潜め、多摩湖は落ちていたガラスの破片を鏡代わりにして周囲の様子を探る。
 容易に姿を見せはしないが、傭兵達は確実に多摩湖を囲むように散らばっていることだけは確かだった。
 傭兵達と真っ向から交戦した多摩湖だったが、相手に致命傷を与える決定打もなくこうして追い込まれてしまっていた。
「少しでもやつらの注意を惹き付けられてるってことだから、まぁ無駄死にじゃあないわけだ」
 恋路の前で作っているキャラも忘れてすっかり素の口調になっていた。
 それだけ余裕がないという証拠でもある。
(しかしまぁ、合成人間ってのはもっと圧倒的な存在なのにな。たかが武装した兵士相手にこの有り様とは。ここまで戦闘力の低い合成人間なんて私かカミールくらいなもんだろうな)
 あのスプーキーEに下僕のごとく使われていた合成人間の少女と自分を比べて、多摩湖はやれやれと肩をすくめたくなった。
 しかし自虐的な感傷に浸っている場合でもない。
 たとえ追い込まれていようともまだ自分には出来ることがあるはずだと言い聞かせ、多摩湖は指先に力を込めた。
 パリッ、パリッと指先から微弱な電流が流れるが、あまりにも出力が弱すぎて放出した瞬間に掻き消えていく。
 小動物へと電撃を打ち込み操るレディバードガールの能力も、すでに切れかけていた。
 さっき何十羽というカラスを一度に操った所為だ。
 レディバードガールの能力は使えば使う程に多摩湖の体力を削ってしまうという弱点があるのだった。
(能力を使えたところで操れる子達ももう殆どいないんだけどね……)
 傭兵達を襲わせていたカラスの群れも傭兵達の反撃に遭い大半を失ってしまっている。
 多摩湖はもうこれ以上自分の鳥を失いたくはなかった。
 能力で操っている鳥達を道具としてではなく仲間と認識してしまう―――それが多摩湖の甘さではあるが、しかしどうしても道具と割り切ることは無理なのだ。
(組織に道具として扱われてる自分と鳥(あの子)たちを重ねてんだろうな。けど―――せめて犠牲になった子達が報われるような働きを、私はすべきなんだ)
 ひゅん、とコンテナの物陰から多摩湖は適当に拾い上げていた握り拳くらいの石を投げた。
 するとすかさず投げた石は空中でぱんっ、と狙撃されて弾け飛んだ。
 狙いは正確で多摩湖がコンテナから身を出せば今しがた弾けた石と同じ運命を辿ることは目に見えている。
 しかしそれを承知で、多摩湖はコンテナの影から飛び出した。
 すかさず傭兵達が一斉に多摩湖に向って弾丸を発射した。
 周囲のあらゆる方向から多摩湖を撃ち抜く為に弾丸が加速する中、多摩湖の視線はただ一点を見つめていた。
 多摩湖が見つめているのは先ほど石を投げた時にそれを撃ち抜いた弾丸が飛んできた方角。
 つまりその方角には周囲に身を潜め多摩湖を狙う傭兵が確実に一人居るということなのだ。
 多摩湖の狙い通り、そこには身を乗り出し多摩湖に向けてマシンガンの銃口を向けている傭兵の姿があった。
「ん―――」
 多摩湖とはっきりと目が合った傭兵が小さくそう漏らした時には、多摩湖は手にしていた鋭いナイフを全力でそいつに向けって投擲していた。
 空を裂く勢いのナイフは傭兵が身をかわす暇も与えずに、どすっと傭兵ののど元に到達する。
 そしてそのまま傭兵は身を置いていたコンテナの上からどさりと落下した。
 けれどその光景を多摩湖は確認することは出来なかった。
 なにせ多摩湖もまた、いくつもの弾丸によって体中を貫かれていたからだ。
「けど……確実に一人、始末した……」
 弾丸が体中を貫通し力が抜けていく中で、それでも多摩湖は戦力を一人でも削ぐことが出来たことを誇らしげに感じていた。
 多摩湖の狙いは最初から全ての傭兵を倒すことではなかった。
 一秒でも長く注意を引き、一人でも多く敵の数を減らすこと―――それが多摩湖の最後までぶれなかった狙いだ。
 最初から勝つことを考えてはおらず、自分が犠牲になることで恋路が鼎の元へと辿り着く時間を稼げたのならそれで充分だと考えたのだ。
「……今頃向っても、もう遅い」
 負け惜しみとばかりにそう言うと、多摩湖の体からふっと力が抜けて落ちその場に崩れ落ちる―――ことはなかった。
 ぎゃあ、ぎゃあと甲高い鳴き声が多摩湖の周りを包んでいく。
 いつの間にか多摩湖の頭上に集まっていた無数のカラスが、いやカラスだけでなくハトやムクドリやスズメといった野鳥が、我先にと多摩湖の体に群がるとなんとしてでも彼女を助けようと彼女の体に必死にツメを立てて羽ばたき始めたのだ。
 一匹の鳥ならそんなことをしても無駄だろうが、それが三十羽……五十羽と増えていくと多摩湖の華奢な体は鳥たちによって支えられていく。
 多摩湖自身はすでに意識が飛びかけているので状況を把握出来ないが、周囲を囲む傭兵達は多摩湖の身に起きている光景にしばしあ然として攻撃するのを忘れてしまった。
 本来共に助け合うことなど絶対にしない別種の鳥たちが多摩湖を守るという目的の為にここに集っている。
 レディバードガールの能力で操られての招集ではなく、鳥達は自然と多摩湖の元へと集まってきた。
 この光景を陳腐な言葉で表わすならば―――奇跡とそう呼ぶのだろう。
 多摩湖は両腕や首をまるで糸で吊られているかのように無数の鳥たちに引き上げられ、意識を失ってもなお立ち続けている。
 しかし皮肉にもそんな多摩湖の姿は十字架に磔刑にされ処刑を待つ哀れな処刑者のようにも見えた。
 そんな姿にはっと我に返った傭兵の一人が、多摩湖に止めを刺すためにマシンガンの引き金を引こうとしたが、その時、ぐらっと足下が揺れた。
「え……っ!」
 彼が足場にしていた廃材の山の一部が腐食しており、彼の体重を支えきれなくなって崩れたのだ。
 傭兵は廃材の山から飛び降りようとして、トリガーに掛けていた指先に変に力が入ってしまった。
 引き金が引かれ、あらぬ方向へと弾が発射される。
 それは無駄弾を撃った―――ということだけでは済まなかった。
 彼が打ってしまった弾丸があろうことか隠れていた仲間の傭兵のこめかみを撃ち抜いてしまった。
 そんな偶然があるものか、と誤射した傭兵は目を疑った。するとそれ以上に目を疑いたくなる光景が次々と引き起こされていた。
 こめかみを撃ち抜かれた傭兵が絶命する最中、無意識に敵を薙ぎ払おうと最後の気力でマシンガンをめちゃくちゃに撃ちまくって地面へと倒れ込んだのだが、彼が撃った弾は軒並み周囲に潜んでいた傭兵達に命中してしまったのだ。
 あっという間に傭兵達がうめき声を上げて倒れていき、そして最初に誤射した傭兵はその光景の発端を作ったのは自分であると思うと、どうしていいか分からず取り替えず傷付いた仲間たちへと走り寄ろうとした途端に躓いてしまった。
 ただ躓いただけ―――けれど体は思いの外にバランスを崩してしまい転倒していく。
 そして転倒した先には、廃材の中に混じっていた鋭く先端が尖っている鉄パイプがあり、傭兵の体はその鉄パイプに吸い寄せられていった。
 ぐさり、と鉄パイプは傭兵の首元へと刺さり血が噴き出した。
 わずか数秒の間に、傭兵達は悉く戦闘不能に陥ってしまった。
 偶然にも不運が積み重なったようにも見えるかもしれないが、この世にここまでの偶然はそう簡単に巻き起こらない。
 ということは、誰かが意図的にこの不運の連鎖を引き起こしたことになるのだが。
「君はかつて自分が出来損ないだから、飛べない鳥と名乗っていると僕に教えてくれたね」
 傭兵達を襲った不運の仕掛け人は、澄んだ声色で多摩湖に語りかけながら姿を見せた。
 声もそうだがその容姿も中性的な美しさを持つ少年のような姿をしている。
「けれど意識も能力を使う力も失ってなお、鳥達に守られている君の姿はまるで鳥の女王のようじゃないか」
 喋りながらもその人物は口の中で小刻みに舌打ちを繰り返していた。
 そうすることによって高周波を生みだし、それを打ち込んだ相手に意図的に隙を作らせる。
 それが彼―――いや、彼女の能力であり、先ほど傭兵達を始末した仕掛けだった。
 作り出した高周波を彼女は多摩湖の体を支えていた鳥たちに向けた。
 決して攻撃をしようと思っているわけではなく、警戒している鳥達を遠ざける為にだ。
 高周波を浴びた鳥達は一斉に多摩湖の体から飛び去っていく。
 そして支えを失った多摩湖の体は自然と目の前までやってきた少女の胸もとへと倒れ込んだ。
 少女も傷付いた多摩湖を抱き留めて、そして耳元でそっと呟いた。
「よく頑張ったね、ペンギン」
 多摩湖が親友と呼び、そして任務の中で命を落してしまったはずの少女がここに居た。
 多摩湖はそれを知ることはない。
 きっと目を覚ました時、多摩湖の前から少女は姿を消しているだろうから。
 すると多摩湖を抱きかかえている少女は胸ポケットから通信機器を取りだし連絡を取り始めた。
「―――こちらラウンダバウト。はい、朱巳様の言う通り、寺月製糸工場で間違いありません。あとは、彼があれを回収してくれればいいのですが」
 『迂回(ラウンダバウト)』と名乗った少女は報告をしながらふと自分の胸もとに目を落した。
 するとそこには瀕死であるにもかかわらまるで旧友との再会を喜ぶかのように目を瞑ったまま笑ってる多摩湖の姿があった。
 ふっ、と釣られて笑いそうになるのを堪え、ラウンダバウトは九連内朱巳への報告を続けた。


つづく

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