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プリンス基準とはなにか 〜 亡くなった音楽家の死後リリースについて

(4 min read)

今年七月にプリンスの未発表アルバム『ウェルカム・2・アメリカ』が公式リリースされるという発表がありましたよね。そのことでネット上をぶらぶらしていたら、こんなブログ記事が見つかりました。

・「なぜプリンスの”新作” 『Welcome 2 America』を買うべきではないのか?」

これを読み、プリンスにかぎったことじゃなく、亡くなった大物音楽家の音源発掘・発売にかんして、ぼくもちょっと思うところがありましたので、きょうは上掲記事を踏み台にして、ちょっと書いてみたいと思います。

プリンス本人が「これは出さない」と判断した(のかどうかの意思も実ははっきりしないのではありますが)ものは、つまり世に出していい自分の「プリンス基準」に達していないダメ音楽ということなんだから、それは死後リリースべきでないのだ、本人も望んでいなかったから、という発想は、実はちょっとあぶないものかもしれないなとぼくは考えています。

プリンスの『ウェルカム・2・アメリカ』にしてもそうなんですが、死後残された音源について、発売するべきかそうするべきでないのかの判断は、おそらくだれにもできないはずです。本人には発売する気はなかったとか、お蔵入りさせたものなんだから発掘せずそっとしておくべき、それが故人の遺志に沿うことだ、とも簡単には言えません。

いったい遺言などで死後の取り扱いが指定されていたばあいはともかくとして、そういう確たるものがないばあい、未発表音源をどうするのか、それは遺族や関係者の気持ちひとつにかかっているとも言えます。ぼくはただのいちファン、聴き手ですから、プリンスならプリンスの録音したものなら<すべて>を聴きたい、リリースしてほしいという気持ちがあります。

たとえば、ぼくの大好きだったマイルズ・デイヴィス。1991年9月に亡くなりましたが、死後実にたくさんの未発表音源が出ました。『ドゥー・バップ』や『ラバーバンド』のようなしっかりしたアルバムもあれば、しかし大半はお蔵入りしていたライヴ音源で、なかにはただたんなる別テイクとかスタジオ・リハーサルとかどうでもいい断片に過ぎないようなものまで、ほんとうにさまざまな音源がこの世に出たのです。

それらは生前マイルズが出さないぞとお蔵入りにしたものなんだからそっとしておくべきだった、出すべきではなかったしファンも買うべきではなかった、とはだれも言えないと思うんですね。シンプルに言ってしまえば、亡くなってしまうと残された音源はすべてこの世に出てしまうものだと覚悟しておかねばなりません。

死ぬ、とはそういうことなのです。

未完成品、リハーサル、リリース基準に達していないものなどなど、諸々すべてをふくめてこその音楽家の全貌なんじゃないか、ファンだったらもろともすべてを知りたいと、聴きたいと、聴いて判断したい、どんな音楽家だったのか、どんな人間だったのか、どういう音楽人生を送ったのかをつぶさに知りたいと、そう考えるんじゃないかというのがぼくの発想ですね。

それで、生前には知れなかったその音楽家の意外な素顔や隠されていた音楽的真実がわかり、生前リリースされていた公式アルバムにあらたな光が当たって、再評価されたり聴きかたが深くなったり、その音楽家についての理解が進むといったことだってあるんですね。

偉大な音楽家のばあいならなおさら、偉大であればあるほど、<発した音>は、すべて、聴くべきですし、リリーされるべきです。それが遺された人間のつとめでもあるとぼくだったら考えますね。

(written 2021.4.18)

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