12月8日。西田厚聡「センス・オブ・アージェンシー。緊迫感、緊張感、焦燥感」

西田 厚聰(にしだ あつとし、1943年12月29日 - 2017年12月8日)は、日本の実業家。

1973年にイランで現地採用され、業績をあげて東芝という名門企業の社長になってアメリカの原子力事業を手に入れた栄光の経営者、、であったはずだが、それが契機となって東芝は奈落の底に落ちこんでいく。

経団連会長職を望んだとされる異端の経営者によって、東芝という巨大企業が原子力という「神の火・悪魔の火」に関わる事業展開で転落するストーリーをロングインタビューで構成した優れたノンフィクション『テヘランからきた男-西田 厚聡と東芝機械』(児玉博)を読んだ。

西田という人物はいかなる人物か。「情報を集めるだけ集め、学び、考え、判断していく。これを繰り返す」「起床は4時半。集中」「情報を集めろ、重層的にしておけ」「営業にいく国の成り立ち、歴史、思想的背景、思想家、民族の英雄、、、」「常に、5-6冊の本を読む」「読書せよ」「就寝前には藤沢周平作品」「日本、世界を東京からではなく、パリやボンなどから見れることが必要」「経済、政治、文明、文化の知識、教養がビジネスで問われる」「学問の世界だけでは自分の人生が実現できない」「時代の中におかれた個人」、、。

「余力を残してはいけない」という経営哲学を持っており、その実力と迫力で東芝本体の社長、会長に昇り詰める。「リスクは冒します。でもビジネスは賭けではありませんから、決して無謀なことはしません。、、大手ウェスチングハウス社の株式買収について、原子力は20年から30年のタイムスパンで収益性を考えなければいけない事業です」と説明していた。宴席で東芝の幹部だった私の友人も西田を高く評価していた。

WH買収の実態はいかなるものであったか。企業価値は2400億円。2700億円で落札。当初は最大4000億円と見込む。結果として6400億円で買収する。しかし東芝は現地企業をマネジメントができなかった。その結果が、粉飾決算、人事抗争、そして人物の払底となった。そして東芝は債務超過に陥り、主要な利益部門の売却を迫られてしまう。そのさなかに西田は急性心筋梗塞で世を去った。

「センス・オブ・アージェンシー」、緊迫感、緊張感、焦燥感を携えて難問を解いて いった西田厚聰は、選択と集中を実行した「平成のスター経営者」から、最後は「名門崩壊を導いた戦犯」となった。安泰な企業はない。東芝自体も何度も危機に陥りその都度再建を果たしてきた。第15代社長のこの人の生涯を眺めると、仕事人生を全うすることは難事業だと思わざるを得ない。誰にとっても人生というかけがえのない作品を美しい姿に仕上げることは一大事業だ。

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久恒 啓一

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