初詣とラジオと聴き初め

昨日は、年越し夜勤を終えて帰宅して、一寝入りしたら、既に夕刻になっていたので、そのまま、活動再開せずに、寝正月を決め込んだ。

新年二日目、今日は、寒さも和らぎ、天気も良好、初詣日和となったので、多磨霊園へお詣りへ。

正月の多磨霊園は、お盆彼岸並みに込み合うので、入口こそ賑やかだったけれども、園内はとても広いし、何より、お目当てのお墓も人それぞれで違う訳だから、入ってしまえば、別段、普段と大差ない。

それでも、新しいお花が供えられている家が多いので、初詣という雰囲気がそこはかとなく漂っている。

お花は、この時期は、余り代わり映えのないものしか花屋にないので、花びら餅を買って供えた。

あとは、会ったこともない曾祖父が好きだったらしいすあまと、祖父が好きだったろうビールと、まぁ、定番だ。

線香は、いつも買う一等安いものだから、少しも抹香臭くない。

来る度に、大きなお墓がなくなって、新しく小分けにされた区画に標準サイズの墓が建ち、継承者不明の墓が整理され更地になって、新たに募集が掛けられている。

目印のお墓がなくなると、園内で迷子になってしまうから困る。

行きは迷うことがないのに、帰りは迷ってぐるぐると園内をさ迷う事がよくある。 

しまいには、そんなに急いで帰るのか、という声が聞こえて来て、なんて事はないけど、まぁ、迷うにまかせてしばし園内に留まるのも好いかな、と思うものだから、無意識にわざわざ迷っているのかも知れない。

お供えのお菓子は、いつも一人で墓前で食べる。

ビールは一口呑んで、あとは土に還してしまう。

けれども、一度だけ、ご先祖様がお菓子に手をつけた事があった。

すっかりお供えの準備を済ませた後に、ちょっと水場に手を洗いに行って帰って来たら、お菓子が一つだけ残してすっかりなくなっていたのだ。

僕は、何事も合理的に考える質だから、成程、人目を憚って、いつも食べずに我慢なさっておられたんだな、おかわいそうに、と合点がいったのだけれども、後日、母にその話をしたら、カラスに盗られたんでしょ、と異論が帰って来た。

確かに、それはそれでまた合理的な意見であって、だからこそ、両親は、お盆にしか墓参りしないのだな、と得心もいく。

カラスを遣わしたと言うのではなく、盗ったと言うのだから、何とも暢気な事だとは思ったけれども、それもまた信心である訳だから、貴い事だ。

今日は、何時もより園内が賑やかだから、何度、墓前を離れても、勿論、ご先祖様は現れなかった。

ありきたりのお花だったけれども、何時もよりも、盛々でお供えしたから、きっと、それで満足したに違いない。

思えば、お菓子をお召しになられた時は、お花をけちった時だったんだよな。

やっぱり、考えれば考えるほど、自分の思考はロジカルだ。

今日の帰りは、真っ直ぐ園外に出られた。

その理由は、武蔵小金井と吉祥寺のどちらでも、初詣のついでに、レコード店に寄って帰ろうと思ったからで、目的がしっかりしているのだから、帰路もぶれようがない。

きっと、そうやって、欲望だけが、現世に魂を留まらせるのだろう。

つくづく、自分らしい信心だなと思う。

多磨霊園から駅まで歩きながら、らじるらじるの聞き逃しで、昨日放送された、高橋源一郎の飛ぶ教室を聞いていたら、谷川俊太郎との対談の中で、音楽好きの谷川さんが、90歳を迎えた今は、専らハイドンを聞いている、という話をされていた。

そうそう、音楽の行き着く先は、やっぱり、ハイドンなんだよな。

モーツァルトやベートーヴェンと違って、自分のない、純粋に音楽が好きな人の純粋な音楽。

谷川俊太郎もまた、そういう詩人でありたい人であり、実際、そういう詩人であるのだろう。

勿論、ハイドンにも俊太郎にも自我はあって、それは周到に音の向こうに隠されている訳だけれども、注文がなければ詩を書かない、生活のために書く、という姿勢もまた、ハイドンの音楽によく馴染みそうなものではあるまいか。

仕事も生活も信心も、結局は、身の丈に合っていなければ、上手くはいかない。

長続きしない。

続けばよい、というものでもないけれども。

買い込んで来たCDの中から、ハイドンの交響曲99番を聴いてみる。

采配は、若杉弘。

ケルンの放送局の楽団との実況録音で、若杉さんが40代の頃の如何にも清潔なハイドン。

隅々まで神経の行き届いた、ちょっと真面目過ぎるくらいな演奏で、ハイドンらしいというよりは若杉弘らしいかな。

色々なものを沢山背負い込んで、欧州で真剣勝負した人のレコード。

それもまた、美しくたっていいじゃないか。

考えたら、これが今年の聴き初めだ。

否、昨日から、全く音楽を聴いていない訳でもないけど、きちんと耳を傾けたのは、こちらの耳を通り過ぎずに届いて来たのは、お初じゃないか。

初詣という風習は、そんなに古いものでもないけれども、一世一代の思い付きよりは遥かに長い。

その継続力は、僕の迷信にも適正に作用するらしい。

儀式は直ぐに形骸化する。

篤信家はその事を嘆き、異教徒は揶揄する。

けれども、本当の信心は、そちらの方に働くとも限らない。

意味のないもの、分からないもの。

それこそが、意味を求める者の行き着く先ではなかったか。

という、令和4年の第2日が暮れていく。

明日は、仕事始め。

年越し夜勤は仕事納めでいいのか分からないけど、夜勤は飽くまでひと続きの労働だから、暦なんぞに切り刻まれては堪らない。

続けるとは、全く、そういうものだろう。

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