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フィギュア制作におけるRyzen5950XとBlender・ZBrush〜実際のところ

コンシューマ向けCPUでは2021年8月現在最高性能を誇るRyzen 5950Xを導入して数ヶ月経ちました。このCPU上で、メインの用途であるフィギュア制作のためのデジタルモデリング環境としてZBrushとBlenderを使っています。実際のところどうなのか、という所感を書いてみたいと思います。

最初に結論:理想に近づいたがまだ足りない

Ryzen5950Xがもたらすパワーの恩恵は様々な面でワークフローに変化をもたらすと思います。しかし、私に関して言えば、

理想にはかなり近づいたがまだ足りない

です。

ここでの私の「理想の環境」の定義は

「全ての機能をテキストエディタのようにサクサクと使える」

レベルです。このくらいになって初めて「思考を止めずにモデリング出来る道具として完成する」と私は考えています。なので

「Ryzen5950XならZBrushもBlenderもテキストエディタを扱うかのようにサクサクと全ての機能が使えるか?」

というと、現時点では「そこまでではない」というのが答えになります。

ただ、5950Xのパワーがもたらす効果で私自身のワークフローに変化が出てきているのも事実です。具体的にはZBrush・Blenderそれぞれの優位性に変化が起きています。ということで今回はフィギュア制作ワークフローにおける5950X導入で得られるもの・得られないものという点に焦点を絞って書いてみたいと思います。

スカルプト:ZBrush vs Blender論争 = 終了

5950Xの恩恵とアプリ側の進化が組み合わさった最大の変化としては、スカルプト体験がZBrushもBlenderも差がなくなったことが挙げられます。

(ZBrushの場合)
ZBrushはもともとスカルプトのパフォーマンスは非常に優秀です。ミドルスペックCPUでもサクサクもりもりスカルプト出来る仕様です。基本設計が完成度が高過ぎて逆に言うとハードのグレードアップによる恩恵はある意味もう伸びしろがない感じです。お金をかけてCPUを3700Xから5950Xにしたからといって「正直、変わらない」です。

ZBrushでCPUパワーの恩恵があるのはビューポート(キャンバス)でのオブジェクトの操作です。全てCPU依存のZBrushはこの処理にもCPU負荷を大きく使います。そのため例えばサブツールが膨大にあるツールの塊をまるごと動かす場合にカクついたりします。 ここに5950XのCPUパワー効果が現れます。

Blenderではこのビューポート操作面はGPUが担っているため、もともとここにはCPUの負荷があまりかかりません。この操作面に関してはマルチコアの恩恵を大きく受けるのはZBrushの方です。

またCPUパワーとは関係ありませんがZBrushがBlenderを圧倒するのは(良くも悪くも)この豊富なブラシ群です。↓

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この辺は好みや用途によって違いますが、私の場合正直、この中で使うのはそんなに多くありません。それよりも狙ったブラシを探しにくかったりぱっぱと切り替えづらい事のほうが問題です。カスタムメニューを作る人が多いですが、ただでさえ狭いZBrushの作業領域をさらに圧迫するので私の場合ほとんど毎回キーボードショートカットで呼び出している感じです。設計による操作パフォーマンス面での問題なのでこればかりはCPUではカバー出来ないですね。

(Blenderの場合)

前述のようにBlenderはビューポートをGPUが担うので、CPUのアップグレードで劇的に変わるのはスカルプトそのもののパフォーマンスです。これにより、ZBrushでしかなし得なかった1,800〜2,000万クラスのハイポリでの快適スカルプトもBlenderでも普通にできるようになりました。以前は厳しかったこのようなアルファ画像を使ったテクスチャリングも余裕をもって出来るようになりました。↓

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操作面でのパフォーマンスで良い点としては、ブラシが厳選されている点です。カーソルのある場所で「W」キー一発で基本ブラシのパイメニューを出せるのは非常に便利です。↓

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ZBrushの豊富なブラシと比べるとシンプルですが、ツボを抑えていると感じます。あと、これは完全に好みの問題ですが、アイコンがかわいいのも高ポイントです。

(トータル的にみて)

ZBrush・Blenderともにそれぞれの弱点を補う形で、キャンバス・ビューポートのオブジェクトのナビゲーション、モデリング・スカルプト中のブラシの操作感や体感パフォーマンスが向上しました。結果、ZBrushもBlenderもほとんど差がなくなりました。

充実したスカルプト機能でリードするZBrushは、Dynameshのハイポリ状態でのボクセル操作の使い勝手の良さ、充実したブラシ群でまだアドバンテージはあります。依存する機能やブラシなど、人それぞれ好みの違いもあるので誰でもとは言えません。しかしフィギュア制作に必要な機能に関しては、私の場合は正直もうどちらでも同じレベルのものが作れるようになった、と感じています。

これは、現在Blenderで制作中のものです。今回はスカルプトからスケール調整・クリアランス調整・最適化・3Dプリント出力処理まで全てBlenderで行ってみるワークフローを検証する目的もあり色々と実験しています。↓

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出力は1/16〜1/12スケールを考えていますが、フィギュアの場合最終出力を考慮すると超絶ハイポリが可能なZBrushでも作り込みはこのくらいです。これ以上細かく作り込んでも最終的にはデシメートしてポリゴンを削減したりスケールを縮小して出力を行うので3Dプリントでの事前処理段階で無駄な工程が出てくるケースもあります。なのでこのくらい作り込めればフィギュア原型用途としては十分と思います。Blenderをフィギュア制作用途に使い始めてまだ1年ほどですがそろそろ「Blenderのみで全てのワークフロー完結」も可能になってきたと感じています。

Blenderの最大の弱点としてハイポリスカルプトでのモード切替時のパフォーマンスの悪さがありました。この点もCPUパワーさえあればストレスなく切り替えられるようになりました。

5950Xの導入により、少なくともスカルプトの機能に関しては

「ZBrushで作る  vs Blenderで作る」

というツール選択の戦いのフェーズは私の中では終わりました。
もうどちらでもOKです。

ハードサーフェス:Blender圧勝

ZModelerは随分と長い間どっぷり使っていました。なので必要な範囲でのハードサーフェスモデリングはZModelerでも出来るようになりました。しかしBlenderでのハードサーフェスモデリングに一度慣れてしまうともうZModelerには戻れない感じです。この機能は完全にBlenderの圧勝です。

数値制御によるモデリングとハードサーフェスモデリングはとても相性が良いです。そのため、そもそもこれが出来ないZModelerはBlenderと比べると機能的にどうしても基礎機能面で物足りなさを感じるようになってしまいました。

ハードサーフェスはポリゴン的にはローポリの部類なのでモデリング自体ではCPUパワーの恩恵は感じにくいと思います。実際、比較的ロースペックのCPUでもZModelerもBlenderもサクサク動きます。

では、ハードサーフェスモデリングでCPUの効果がどこに現れるかというとやはりパーツを大量に組み合わせた場合の塊の扱いと、リアルタイムレンダリングが出来るかどうか、という点になってきます。この2つを両立させつつサクサク動かせるという点でBlenderが優位、となります。

ハイポリブーリアン性能:ZBrush圧勝

ZBrushでフィギュア制作をする場合に一番強い点はこれかもしれません。とにかく、ハイポリ状態におけるライブブーリアンの使い勝手とパフォーマンスが非常に良い。1,800万以上のハイポリゴンとかの状態でも恐ろしいくらいにサクッと減算ブーリアン出来ます。

Blenderは、このハイポリ状態でのブーリアンが致命的に激重です。フィギュア制作ではパーツ分割などで減算ブーリアンを多用するのでこれが遅いと分割作業に難が出ます。Blenderのブーリアンモディファイアは最近Exactモードが加わりこれがデフォルトになりました。このExactモードでハイポリ減算を行うとかなり重くなります。

Blenderでこれやる場合はFastモードを使うかスカルプト段階からのワークフローの見直しなどが必要と感じます。ハイポリ状態での切った貼ったのしやすさはZBrushに一日の長があると感じます。

ハイポリリメッシュ:拮抗。ZBrushやや優位

ハイポリスカルプトではボクセルリメッシュを頻繁に行います。これが快適でないとスカルプトは辛いです。

5950X導入でこの点に効果が現れたのはBlenderのほうです。ZBrushに迫る感じでハイポリでのリメッシュがかなり早くなりました。

しかし、ZBrushの最大のアドバンテージとして「Ctrl+ドラッグ」でサクッと気軽にリメッシュ出来る使い心地があります。この速度が非常に早い。Blenderの場合「Ctrl+R」で行いますが、ZBrushよりも一瞬待たされる感があります。処理速度はかなりZBrushに迫ってきたものの、この辺りの微妙な「タッチの差」でトータル的に見てこの点に関してはまだZBrush優位、と感じます。

リメッシュ:拮抗。Blenderやや優位。

5950X導入でこのZRemesherとQuad Remesherの2大リメッシュ機能の処理速度も早くなりました。しかし、ハイポリからのリメッシュはまだ待たされます。正直言って、もっと早くなって欲しい点でもあります。

もともと開発者が同じということもあるかもしれませんが、処理速度にはそれほど大きな差が感じられません。速度に関しては互角、といったところです。

ZRemesherとQuad Remesherの場合、処理速度よりも処理結果の好みのほうが大きいかもしれません。私はどちらも好きですが、Quad Remesherのほうが好みの結果が得られるケースが多い、という点で「Blenderやや優位」としておきます。

Quad Remesherは有料アドオンである点、それを入れてもトータルコストでBlenderのほうが安いという点をどう取るかは個人の価値観に委ねるところでしょう。

デシメーション性能:Blenderやや優位

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ZBrushのポリゴン削減にはDecimation Masterを使います。発想としては最初に「Pre-process」という処理で事前計算してから実行、という考え方です。この「Pre-process」がちょっとクセ者です。処理結果自体はとても良いのですが、扱いやパフォーマンスにややクセがあります。

最近になってマルチコアにおけるパフォーマンス改善にようやく対応したものの、シングル性能に結構依存している仕様です。また、Dyameshでうっかり小さい穴が空いていたり「Pre-process All」で一括して処理しようとすると、計算に出かけたまま帰ってこなかったりします。このプリプロセス中に止まってしまう、計算したまま帰ってこない、というのは以前のバージョンからの「Decimation Masterあるある現象」です。

Blenderでの同等機能は「Decimate Modifier」ですが、これがなかなか優秀です。処理結果はZBrushのDecimation Masterとはちょっと異なりますがポリゴン削減率の結果は良好で、なにより処理が比較的速いです。

ポリゴン削減の処理方法自体もいくつか選べ、削減パーセンテージも細かく設定しやすいです。デシメーション機能に関してはかなり拮抗しています。処理結果は互角、使い勝手と機能はBlenderがやや優位、といったところです。

スケール調整:Blender優位

スケールの概念がないZBrushは数値での形だしが出来ずスケール調整が面倒なのが弱点です。Blenderはこれを正確に出来るのがZBrushに対する最大のアドバンテージです。また、Blenderはオブジェクトをまとめて選択し、Scaleに数字を打ち込んでスケーリング倍率を細かく設定出来るのが良い点です。パフォーマンスもRyzen 3700Xレベルでも特に悪くありませんでした。

CPUパワーの恩恵はZBrushでBounding boxを使って大量のサブツールをまとめて一気にスケール調整する一括処理の時に出ます。スカルプトのところでも書きましたがこの辺りのパフォーマンスが早くなることで恩恵を受けるのはZBrushの方です。

ZBrushのBounding Boxは分かりやすくて使いやすいのですが、同じことはBlenderでも出来ます。双方ともCPUアップグレードの恩恵はさほど大きくない処理ですが、細かい調整が可能な分、Blender優位ということにしておきます。

レンダリング:Blender圧勝

もともと統合3DCGツールなので高機能のレンダリング機能を標準で備えているのがBlenderの強みです。ZBrushも簡易なレンダリング機能は実装されてますがBlenderには遠く及ばず、Keyshotなど外部レンダラーと連携する必要があります。私もKeyshotはZBrushと連携するために購入しましたが、もう使わなくなりました。理由は単純に、Blenderのレンダリング機能のほうが優秀だと感じているからです。

このように↓スカルプトしながらリアルタイムレンダリングが可能です。5950XにしてからはCPUモードでもGPUモードと遜色ない速度でリアルタイムレンダリングが可能になりました。

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KeyshotはCPU負荷が高過ぎてCPU稼働率を圧迫するのが難点です。かといってGPUモードにしてもGPUファンがぶん回ってフル回転になります。それに比べるとBlenderのeevee、Cyclexは余裕があります。
もう、よほどの進化がない限りZBrush+Keyshot連携には戻らないと思います。

3Dプリント処理:Blender優位

3Dプリント処理の前の準備段階ではデシメーション処理能力が重要ですが、出力時の処理はZBrush・Blenderともに遅いCPUでもそこそこ早く処理するため、両者それほどCPUパワーによる恩恵は感じません。

3Dプリント機能は処理速度面よりも機能面での考え方の違いが大きいです。
以下に示したのはZBrushの3D Print HubとBlenderの3D-PrintアドオンのUIの比較画像です。↓

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ZBrushの3D Print Hubは「3Dプリントサイズの調整をしてSTLに書き出す」、という発想です。ただ、その事前準備としてScale Masterでもスケール調整も行えるので同じような機能が被っています。出力データの修復や分析機能はありません。

Blenderの3D-Printアドオンは「出力データのチェックをしてSTLに書き出す」という発想です。スケール調整はモデリングしながら行えるのでここであえてスケール調整する必要はなく、あくまでも3Dプリントデータとしての分析にフォーカスしています。厚みやオーバーハングなどのチェックも出来てここで修復も行えるので非常に理にかなっている、と感じます。

パフォーマンスでは同等ですがそもそもの発想と機能がBlenderのほうが良いと私は感じるため、ここはBlender優位、と評価します。

まとめ

今回はハイエンドCPU・Ryen5950X導入によるZBrush・Blenderでのフィギュア制作におけるワークフローの変化について書いてみました。
まとめとしては

・Blender:全体的に優位
となった。ただしハイポリブーリアンはまだ辛い
・ZBrush:部分的な弱点を補強されるものの費用対効果は高くない

・分割・最適化パフォーマンスは両者とも依然として難あり

という感じです。

トータル的に見てハードウェアパワーアップの恩恵があるのはBlenderのほうで、ZBrushの場合はコストの割には劇的な恩恵は感じにくいように思います。ロマンを求めないのであればZBrushのみを使う人はRyzen 5800Xや5900Xを選択し、差分をメモリー代に回したほうがコスパ良い気がします。

スカルプトやモデリングなど「形を作る」系の作業は両者共に全く問題はなくなりました。しかし、最適化・分割処理などプリントの事前処理ではまだまだパフォーマンスにつっかかりがあります。これは今後のハード面の進化にも期待したいところですが、それだけではカバー出来ないアプリ側の最適化具合にも問題があるように感じられます。

私の理想とする「すべてのワークフローが「紙と鉛筆」「スパチュラとクレイ」のようにサクサクと出来る事」に近づくために、今後のソフトウェア側の進化・最適化にも期待したいと思います。

参考資料


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