「24時間持続・虹」ヒスイの毎週ショートショートnote(字余り)
女にとって、身を捨ててでも惜しくない、と思った男と再会するのは、リスクがありすぎる。
相手の変貌にがっかりするか、逃した魚の生きの良さに地団太を踏むか。
どっちみち、ダークな感情だと思う。
だからイヤだったの、ミナトと会うのは。
だけど会ってる。
大学近くのカフェ、いい香りのコーヒー、ソニーロリンズのサックス、外は雨。
ミナトの長い指がカップを持っている。
漆黒の水面がゆれる。
「まさかさ、君が横森と付き合うとはね…まさか冗談?」
「冗談じゃない」
「だって横森だぜ? 年中アウトドアな格好をして、大学に巨大なザックをしょってくる奴だぜ? 俺の後釜がアレとはね」
「順番の問題じゃない。あたしは横森が好きだから問題ない」
ミナトのきれいな顔がずいっと近づいた。
「……他の男と付き合ってる元カノって、めちゃくちゃそそる。
君さ、いい感じになったよ。付き合ってた頃は般若のツラだったけどな」
それはね、あんたが手当たり次第に浮気しまくったからでしょ。
英文学科女子の半分を知ってるってSNSでしゃべる男はスキじゃないの。
言おうかと思ったが、声にならなかった。
それとも、言えばいいのかな?
まよう。
まよううちに、ミナトが手を握ってきた。
「俺ん家へ来いよ」
バカじゃない、という声が、どこかへ消えていく。
自分の芯がどこにあるのか、わからなくなる。
この男が、いまも鮮魚みたいに自由に泳ぎ回っているから気になるのか。
あるいは、終わったことだから無責任に遊べるのか。
まよう。
ミナトは私の指をつまみ上げながら、カフェの外を見て、小声で「おっと」といった。
「横森だ。なんだありゃ、バカでかいレインコートを着てる」
顔を上げると、レモンイエローの巨大なレインコートを着た横森が
信号待ちをしていた。
まだ距離がある。
横森からこっちは見えていないだろうな。
横森には、私が見えていない。
そう思った瞬間、きゅっ、と心臓が縮まった気がした。
呼吸がしにくい。
そうか。
今の私は、あのレモンイエローの巨大なレインコートの下でこそ、自由に息ができるんだ。
私は立ち上がる。
ミナトがあわてる。
「おいおい。まさか俺よりオバケレインコートがいいっての?」
「そうね。あんたは知らないんでしょうけど、あのレインコートの下は、いつだって雨上がりなのよ。虹が出てるのよ」
そして私は、雨のなかをかけだす。
虹を見に行く。
「横森!」
ふりかえった男のオバケレインコートの下には、いつだって虹がある。
私のためだけの、虹だ
【了】(約970字)
本日も たらはかにさんの #毎週ショートショートnote に参加しています。
相方ヘイちゃんは、これ!
すきだなあ。こういうひねり、シンプルにスキだなあ。
なんとなくほのぼのした空気感があるんですよね。
これがへいたの魅力なんでしょうね。
ヘッダーはUnsplashのcharlesdeluvioが撮影
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