【小説】lonely葉奈with学1

 葉奈と書いてパナと葉奈の両親が名付けたのは別にふざけたわけではなくて二人してああでもないこうでもないこれもいいあれもいいと真剣に話し合って、漢字にするかひらがなにするかはさておきとにかくも音はハナが良いと折り合ってそれでは表記をどうするかと考え始めた矢先になんとなく付けていたテレビが大昔にはどうやらはひふへほをぱぴぷぺぽと発音していたらしいということを言い出して、そうするとハハはパパだった、ヒトはピト、ホホはポポだったんだ、屁はぺ、ぱあとため息をついてぷうとおならをしたのね、と一頻り盛り上がり、じゃあハナはパナねと言って笑い、あら、パナっていい響きじゃない? 確かに。 ハナ、パナ、ハナ、パナ、うん、パナの方が勢いもあって元気そうだしそもそもハナではどうも月並み過ぎる気がしてたんだよね、私もそれは思っていた、ハナ、悪くはないと思っていたけど、本当の本当のことを言えば普通すぎてつまらない気はしていた、パナにしようか、でも少し奇をてらい過ぎていないだろうかと娘が一生背負っていく名前だから慎重の上にも慎重を期して夜通し話し合ったのだが、一度パナという着想を得てしまったからにはハナでは凡庸過ぎてとてもではないが後戻りできない気持ちになっていた。ハナ、パナ、ハナ、パナ、若い夫婦は何百回となくその抑揚を試し合いやがてもうろうとしてくる意識の中で仮にパナで行くとすれば漢字にするかひらがなにするかという話になって、この場合「ぱな」とひらがなにするとそれはもう言い逃れようのない「パナ」であってまぎれもなく「ぱな」は「パナ」以外のなにものでもないから逃げ道が塞がれてしまうけれども「ハナ」ともじゅうぶんに読みうる漢字にしておけば、万一途中で厭になってしまった場合には、――公の書類などでふりがなを求められる時には仕方ないにしても――一時の場しのぎに、当座、ハナと名乗れないこともないだろう、しかし逃げ道だとか、言い逃れようだとか今から心配するくらいであればやはり無難にハナが良いのではないかと一瞬ハナに戻りかけたりもしたものの、どうしてもパナの破裂音の晴れやかさを捨て切らず、葉奈と書いてパナに決まった。 
 葉奈はその音も込みでこの名前を全面的に気に入って生きて行くことになるのであり、両親が用意した逃げ道を使う機会は少なくともこれまでの半生において一度たりともなかった。間違って「ハナ」で読む者があれば「葉奈と書いてパナと読むんです」と都度訂正することを怠らなかった。従って学が葉奈を呼ぶ場合にも常に上と下との唇を丁寧に閉じ合わせ口腔に溜めた気圧を放ち青い匂いの泡のはじけるような「パナ」を発音したのでありそれ以外の読みはあだ名や愛称の類い含め一切ない。

Lonely葉奈with学2へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?