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短編ミステリー>『失踪少女』


山形山中少女失踪事件1985年3月30日村山洋子(13)登山遠足中行方不明

ある日突然吐血し、胃潰瘍だと診断され治療していた私はその日、長引いてしまった仕事のおかげで日も落ちる頃、心底面倒だったが、町はずれの小さな病院に来ていた。少しボロい病院だが、遅い時間でも融通が利くのは助かった。

カチカチ、と切れかかっている頭上の電気が気になって、腕を組み俯くと、黒くひらひらしたスカートが視界の隅に映った。隣に女性が座ったのだ。

患者は私しかいないはずなのに、何故隣に座るんだ…。不思議に思いながら身体を小さく丸めた、その時だった。

「刑事さん、お久しぶりです。」

私はすぐさま顔を上げ、その声の主の顔を見た。

「君は…。」

優し気な微笑みを浮かべた女性がこちらを見て微笑んでいる。
一体誰だ? いつかなにかの事件で関わった女性の一人だろうか?
脳味噌をフル回転させ思い出そうとしたが、記憶にはなかった。こんな美人を一目でも見ていたら、覚えていそうなものだが…。

「わからなくて当然です。あの、お願いがあるんですけど。」

「…ん?」

「そのまま、大きな声を出さずに聞いてて貰えますか?今から私が話すことを。」

「え?…ああ。はい。」

女の突拍子もない申し出に、思わず頷くしかなかった。

「今から26年前、当時13歳の少女が、山形県上山の山中で行方不明になった事件、覚えていますよね?」

「…え?ええ。村山洋子の事件ですね。もちろんです。私が担当していた事件ですから。私の人生をかけた事件でもあ…」

「その村山洋子、私です。」

「…!?なにを!」

「大きな声を出さないで下さい。大きな声出されるの、嫌いなんです…。私は、村山洋子本人で間違いありません。」

「…なんてことだ、そう言われれば面影が…。首と口元のホクロ…手の甲にも…!なんってことだ!よかった…!元気に暮らしていたのか、君は!」

目の前の女は、紛れもなく、39歳になった村山洋子本人だった。

全身全霊をかけ捜索したあの日々が脳裏に、未だ鮮明に蘇り、感極まり涙が滲んだが、彼女の……残酷な告白は、続いた。

「神隠しだとか、熊の仕業だとか、誘拐されたのだとか、いろいろ言われましたが…実は私、自ら姿を消しただけなんです。」

「!? 自らって、どうして、そ、そんな。」

「あの事件の後、責任を感じて投身自殺した教師がいましたよね、澁谷潤しぶやじゅんという担任の教師です。」

「ああ。学校の屋上から…。君は、ニュースも追っていたのか。何故出てこなかった。家族もあんなに憔悴しきって…心配していたんだ。なのに…」

「私が澁谷潤を殺しました。」

「っ!!?なにを…!?」

「私は当時、彼から体を…。本気で私の事が好きだと、何度もしつこく迫られました。体育倉庫で、無理矢理、なんどもなんどもなんどもなんども…。なので、殺害計画を練ったんです。私が行方不明になれば、誰も私が犯人だと疑わない。”いない者”になれば、殺人だって簡単にできる。」

「は…?…はは。おいおい、冗談はよしてくれよ。13歳だぞ。中学一年でそんなこと!」

「そんなことできますよ。だってもう13歳なんですから。」

「……か、顔だってあんなに知れ渡っていたのにどうやって生活できたって言うんだ。それに、殺すのが目的なら、澁谷が自殺と断定された時点で家に帰ることだってできただろう。」

「私、父親にも虐待されていたんです。ニュースを見るたびに、演技が上手いなぁって笑ってましたよ。人の家庭なんてわかりませんよ。一見幸せそうだって、実際はわかったもんじゃない。真実なんて、本当は誰にも分らないのに、みんな知ったふりして、評論家気取りになったり、もっともっと詮索したいって思ってるだけなんですよ。わかるわけないのに。刑事さんすら騙していれたんでしょ、あの夫婦。見た目はね、意外とね、眼鏡して、マスクして、髪型変えれば気づかれないものですよ?居場所なんて、夜になればどこにでもありますし。」

「そんな。なん…で、君は…、今更私の前に…?なんで今更そんな告白をしたんだ…!」

ゲホッゲホッ

急激に喉が渇き声も掠れて噎せてしまった。

なぜ今、村山洋子が目の前で微笑んでいるのだ。
何故今、私にこんな告白を…!

「どう思います?」

「………なにがだ。」

「刑事さんはどう思います?私は正しかったですか?それともやっぱり人殺しはいけないって説教したくなりますか?」

「…それは…。どんな理由があれ、人を殺すのは良くない。違う形で裁きを受けるべきだ。君には他に救われる方法だって…あったはずだ。」

「まあ…。それはそうです。うーん…。人の加害欲って、一体何なんでしょうね。ある意味ですが…性欲よりも強いと思うんです。例えば。みーんな、死刑囚を見れば騒ぎ立てるでしょう?あれって、正義の皮を被った加害欲お化けだと思うんですよね。どっかで他人を加害したくてしかたのない生き物なんですよね、きっと、人間て。不思議。謎。どうしてなのかなぁ?もともと弱肉強食の世界だから?でも、縄文時代なんてみんな平和だったみたいですし…。まぁ、人殺しの私が語ることでもないんですけど。」

村山洋子は急に少女のように足をパタパタ動かし、天井を見ながら不思議そうな顔をして暫く何かを考え込んでいた。

「つまり、何が言いたいんだ。何が言いたかったんだ。」

その時、その切れ長の大きな瞳がじろりとこちらを見た
彼女と初めてしっかりと目が合った気がした。

それは何度も何度も食入るように見てきた少女の眼差しだった。鬼のような執念が少女の、この瞳を見つめていたのだ。

「さっきから、呼ばれないなぁって思いませんでした?」

一瞬何の事を言っているのかわからなかったが、ハッとして周りを見渡した。

「病院に来てるはずですよね?刑事さん。」

そうだ、私は病院にいるのだ。患者は私しかいないのに、何故まだ呼ばれないんだ。看護士は何をしている。

「まあ無理もないです。あの事件の少女が目の前にいるんですもん。時間なんて、止まっちゃいますよね。」

抑えていた手の震えが耐えきれずぶるぶると震え出した。
鼓動が、聞こえるほどに大きく脈打ち始めた。

「大丈夫ですか?刑事さん、みんな・・・心配しちゃうかもですよ。」

「み、んな………?」

「そうですよ。これは小説なんです。それも無名のどっかの人間が書いてるそんなに読まれないような小説。私たちは、その主人公なんですよ。」

「な、何を………」

私は声を震わせ、今にも消え入りそうな声でそう言った。




「私は村山洋子、皆さんはどう思いますか?」

「悪とは? 正義とは? 加害とは?」

「私は悪かったのか?」

「罪とは? 断罪とは?」

「私は悪いことをしたのか!」

「私は裁かれるべきなのか!」

「恐怖とは。痛みとは。優しさとは。温もりとは。」




愛とは、なんですか…?
             」



「どうせなんにも考えずに生きてるんでしょう。周りに流されて、探偵ごっこばっかして。私の気持ちなんて誰にも伝わってなかった。誰にも本当のことはわからなかった。」


「少女の失踪ってゆうテーマに浮かれて真実を見ようともしない奴ばかりだった。それどころかあることないこと言い始めた。」






寂しかったの……。





「刑事さん。私、あなたに会いたかったんです。あなたが本気で私を探していてくれたこと、あんなに愛してた家族を失うほど、ボロボロになってまで探してくれていたこと、悲しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、私…!!」











「愛してます。これからはずっと一緒。この世界で……。」














やっと






温もりの中、眠れる……










おやすみなさい

































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