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社会的処方の観点から、散歩のすすめ

 人と医療の研究室の活動において、毎月1冊の本とそれにまつわるお題を決めて読み、考えてオンラインで議論を行うという読書会があります。本投稿では、前回の読書会で取り上げた『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(西智弘 編著)の内容を踏まえて、実際にいかにして我々は社会的処方を行うことができるのかを考えてみたいと思います。

 「経済財政運営と改革の基本方針2020」によると、「かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組」の一例として社会的処方が脚注で示されています。これは、1人の患者さんが身体的、精神的、社会的に良好な状態であるwell-beingの実現を目指したものといえます。従来の医師による診察室内での治療のみならず、患者さんが社会的に孤立してしまわないように、個々人に適した地域活動や取組み等を適宜紹介していこうとするものです。患者さんと地域等とを繋ぐという活動、即ちリンクワーカーとしての働きが期待されるのは、必ずしも医師だけではありません。医療従事者であるかに拘らず、そしてその働きへの貢献度の大小は問わず、ただ1人1人がその自覚を持ち始めることが大切です。地域の人々の孤立を防ぐという心がけを小さくとも胸に抱くことが、より多くの人のwell-beingを目指す第一歩になるのではないでしょうか。

 では、一個人はどのようにリンクワーカーとしての活動を始められるのでしょうか。これには、まず歩くことに尽きると思います。生活の中で、周辺を歩くための時間を取って、散歩をしてみると、一体何があるでしょう。今、自分の住む、もしくは働く場所、地域では何が起こっているか、何があるのか、をまず自分が知るためには、歩くことが早道です。

 例えば、思わぬところで行列を発見して、人が吸い込まれていく先に隠れた名店なんかを発見できるかもしれません。比較的近場で採れた季節の野菜類が手の届きやすい価格で売られている個人商店なんかがあるかもしれません。本屋に立ち寄って本との思わぬ出逢いがあったり、建物や風景、行き交う人々の中で何らかに目が惹かれることもあるでしょう。普段出歩いている時間帯では見えてこなかった町の活動が目に写るはずです。

 もちろん、「1日1万歩は歩いてください」なんていうことでは全くありません。職場に缶詰になってしまいがちな職に就いている、身体の事情で歩くことが難しい、出来るだけ自宅に居るようにしている等といった、各自の様々な条件が許す範囲においてです。ちなみに筆者も週に1、2回ほどしか歩くための時間は取れていません。下手すると1度も歩けないことも多々あります。歩く時間も、10分ほどしかとれないことも多いです。感染対策のためにマスクを付け、人混みをしっかり避けて歩いてもいます。それでも、たまに歩くだけでも歩かないとは違うようです。そして、歩くより走る方が好きという方は是非走りながら周りに目を配ってみてください。

 日本には自分たちの地域を暮らし良いものにしよう、もっと便利にしよう、心地よいものにしよう、と活躍されている方が沢山いらっしゃいます。有名人や有名企業に限った話ではありません。そういった活動は、個人、団体、会社など形態に拘らず沢山あります。活動なんていう大それたものではなくとも、小さな取り組みやさりげない気遣いも相当するでしょう。

 自分の住む、もしくは関わる地域に改めて目を配り、興味の惹かれるモノや取組を発見できたとします。さらに時間や機会が許せば、それぞれのルーツを知る、理念や精神を教わることをお勧めしたいと思います。自分の目でみて耳で聞いて、納得して選んでみると、愛着も湧いてそれを応援したい気持ちになるでしょう。その際に、多額の買い物や寄付をするのも良いですが、誰かに紹介をするということも応援に繋がります。そして、人の輪を繋げること、広めていくことで、必要とする人達まで届けられることにつながります。

 かくいう筆者は新しい勤務先である北九州市は黒崎周辺を勤務終わりに散歩していたところ、多世代交流カフェ[1]を発見しました。生後1歳未満の赤ちゃんからご高齢の方まで、幅広い方が広いスペースの中でくつろいでおられました。何より居心地が良い場所でした。駅前から徒歩圏内で、Wi-Fiも電源も使えるため、パソコンを用いた作業も快適に行うことができそうです。また、カフェ内に設置されている共用のアイランドキッチンも予約すれば使うことが出来ます。出張の度にひとりで外食することに飽きたこともあり、地元の食材を用いて薬膳料理をみんなで作って食べることを計画したところ、10名程の予約が入ったそうです(2021年3月1日現在)。

 少しの時間であっても自分の置かれた環境をより把握すること。そして、個々人が楽しみながら応援できる取り組みやサービスが見つかれば、同様の紹モノを必要とする人に出会った際には応援の意も込めて紹介することができます。多世代交流カフェでの企画のように、何かをきっかけに人が集まることで、新たな繋がりが生まれます。それがたとえ社会的処方という名の下に行われなくとも、結果として社会的孤立を防いでいく確かな源流になるのではないでしょうか。

                                 秤谷有紗


参考
[1]MOYAI STATION 96 cafe

https://moyai96cafe.tumblr.com

https://instagram.com/96cafe_moyai?igshid=8y9gbyzgujxu



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