未来の医療従事者の役割-「哲学者」としての医療者-

 今回は、私たちの研究テーマの一つをご紹介します。

 私たちは、「健康」、「医療」はたまた「人間」とは何か、という壮大で曖昧なテーマに医学的観点と人文社会学的観点を組み合わせてアプローチしようと試みています。テーマが大きなものである以上、実際に調査や考察を行う際には、いくつかのサブテーマに細分化して検討する必要があります。今回は、それらのサブテーマのうち、私たちが現在重点的に扱っているものの一つ、「医療者の役割とはなにか」ということについて記述します。

 医療者の役割について考察する際には様々なアプローチ方法が考えられますが、私たちは、医療者の役割を「翻訳者」「研究者」「構築者」そして「哲学者」の4つの要素に分解して検証する考え方をベースとして取り組んでいます。

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 医学知識の総体は指数関数的に増大しており、そのすべてに医療者個人が知悉することは現実的ではありません。しかし、医学の基本原理を学んだ医療者が、蓄積された医学知識の総体にアクセスし、医療の専門家ではない患者さん一人一人の文脈に合致する形で情報や治療を「翻訳」して提供することは可能でしょう。これからの医療者には、知識を個人の頭の中にストックすること以上に、「翻訳者」としての役割が求められると考えています。

 例えば、研究室メンバーの李がドクタラーゼに寄稿した以下の記事では、「翻訳者」としての医療者についての言及があります。この記事中では医療者は翻訳者たるために、ナラティブ(一人一人の語り)に注目する必要があることを記載しています。

 また、同じく研究室メンバーの齊藤は、「寄り添う」という、頻用されるがその定義は実は曖昧である表現について、ナラティブに注目して、「寄り添うとは、一人一人の病の体験を理解しようとする試みである」と考察しています。

 「翻訳者」としての医療者は臨床現場における医療者の役割を換言したものですが、未知の現象や病態を既知のものとする「研究者」の役割も医療者には求められ、これは医学知識の総体を増大させることに寄与するものです。また、それらの医学知識や実臨床をどのような社会システムの中で実際に運用していくのか、という点については行政などに関わる「構築者」としての医療者が求められています。

 さらに、私たちが特にその重要性を指摘したいのが、「哲学者」としての医療者です。「翻訳者」「研究者」「構築者」としての医療者の役割は、これまで先人たちが医療者として取り組まれてきた内容を改めて要素分解したものに過ぎません。しかし、現代では社会構造が複雑化し、人間の価値観も多様化しています。昨今ではCOVID-19がこの複雑性、多様性を浮き彫りにし、そこで生まれる「分断」をも露わにしたものと思います。そのような中、そもそも「生きるとはなにか」「死ぬとはなにか」「健康に生きるとはどのようなことか」という健康や医療や関する価値観を検証し、詳らかにする営みが求められているように思われるのです。

 このようなこころみは、実臨床で役に立つ、すぐに社会の役に立つ、といった類のものではなく、いわばそれらのバックボーンとなる、医療者が立つべき土台を少しずつ形成するような行為なのです。地道で地味な取り組みにはなりますが、今後ますますその重要性を増していくものと考えています。

 私たちは、これからも、医療者の役割に焦点をあてた調査、考察を続けていきます。今回は理論の簡単なご紹介のみとさせていただきましたが、今後こちらのnoteで各項目の詳細な調査結果や考察などを順次報告していきます。お力添えいただける方や活動にご参加下さる方、ご意見を下さる方など、お気軽にご連絡をお待ちしております。

                      (人と医療の研究室 池尻達紀)

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