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今、手頃なスポーツカーの新車が出てこないのはなぜなのか


新型86/BRZが300万円オーバーする件

新型86/BRZが昨年デビューし、少しずつ街中でも見かけるようになってきました。あらゆる面が初代86/BRZから大幅に進化している新型モデルですが、最低でも300万円近くするという価格についてネガティブなコメントも寄せられているようです。

ちなみに1/16まで開催されていたオートサロンで公開された新型フェアレディZについても同様に、価格が高い高いとケチが付けられています。

今日は「なぜ今、手頃なスポーツカーが出てこないのか」について考えてみようかと思います。

ヒント①:物価

86/BRZの精神的なご先祖様と言えるAE86の価格と比べて、新型86/BRZが高いと文句を言っている人は、「物価」という言葉を義務教育で習わなかったと考えるのが自然かもしれません。
AE86がデビューした1983年当時の大卒初任給の平均は13万2000円、2012年は20万1000円だそうです。

なお上記の新車価格と平均価格の推移についてまとめた記事がとても勉強になるので一読ください。

下記ダイアモンド社の参考記事より転載

日本の平均給与はこの20年で平均給与が横ばいのまま、2015年にはついに韓国にも抜かれてしまいました。
自動車は当然ながら世界中から原料・部品を集めて作り、そして(一部を除けば)世界中で販売される商品なので、世界経済の影響を強烈に受ける商品です。
日本の平均給与が上がらないからと言って、自動車の価格もそのままというわけにはいかないんですよね。原料や部品の値上げの影響&ユーザーの購買力に合わせた商品力の強化のためですね。

ヒント②:貧乏人は新車を買わない・買えない

一方で、AE86デビュー当時から大きく物価が変わった2012年に登場した初代86/BRZには、なんと200万円を切る価格のグレードも用意されていました。

さて、このモデルがどれくらい売れたかというと、全販売台数のうち1%未満、現在カーセンサーでは一台も掲載されていません。価格が安い新車のスポーツカーを用意しても誰も買わないことがわかりますね…。

という話をすると必ず「その激安グレードの86はエアコンがついてないしオプションでも着けれないから売れなかったんだ!」という人が出てくるのですが、BRZの最安グレードはエアコン装着可能で206万円だったにもかかわらず、86の最安グレードと同様に全く売れなかったようです。
結局どんなに低価格な商品をメーカーが用意しても、お金がない人はいろいろな理由をつけて新品を買わないわけです(とくに趣味性が強い商品は特に)
お金がない人は結局中古車を買うか、ミニカーやパンフレット収集やゲームの世界で購入して満足してしまうのでしょう。

トヨタが発表した低価格スポーツのコンセプトモデル「S-FR」
めちゃくちゃ完成度が高いのに販売しない理由って結局
「低価格スポーツカーは売れそうにない」からなのかなと思ったり。

ヒント③:そもそも手頃なスポーツカーは存在したのか

「最近のスポーツカーは高価過ぎる!」という意見があるのですが、そもそも手頃なスポーツカーはこれまでに存在したと言えるのでしょうか?
※スポーツカーの定義はやや難しいのですが、一旦ここでは「後輪駆動で2ドアのクーペorオープンのMT車」ということにしておきましょう。

ユーノス・ロードスター(現マツダ・ロードスター)

例えば手頃なスポーツカーと言われる車種の当時の価格と、同じメーカーのファミリーカーの価格を比べてみましょう。
国産スポーツカーの代表例である、ユーノス・ロードスターの新車価格は169万円から。一方で同時期のファミリアの最廉価グレードは86.4万円。ごくごく普通のファミリーカーの2倍近くの価格差があったわけですね。
もう一つの例として軽ミッドシップオープンのホンダ・ビートの新車価格は138.8万円から同時期のトゥデイは86.4万円から
実のところお手頃なイメージのあるスポーツカーでも、同クラスのファミリーカーと比べるとかなり値段に差があったことがわかります。
低パワーで扱いやすい=値段もお手頃という思い込みや、一時期の中古車価格が底値だったときのイメージが、一部の現代の車好きの間で根付いているのかもしれません。

たしかにAE86は手頃だけど、中身は実質旧型のFRカローラのまま

とはいえ、ファミリーカーの最廉価グレードが安いだけで、ファミリーカーの売れ筋グレードとスポーツカーを比べたらそんなに差はないのではないか?
と思ってカローラで調べてみると、前述のAE86が新車のGTで130万円、GT APEXでも160万円。量販グレード4ドアセダン1500SEリミテッドが123万円。
「なんだ!やっぱりファミリーカーと値段がそこまで変わらないから手頃じゃないか!」
とも思ったのですが、AE86の成り立ちは「後輪駆動の旧型シャシーに新型のスポーツエンジンを載せた2ドアのファミリーカー」であって、ある意味「運良く」手頃なライトウェイトFRスポーツになった車、と考えるほうが自然かもしれません。

ヴィッツ・ヤリスのご先祖様、スターレットも80年代は後輪駆動でした

実のところ80年代~90年代の「手頃なスポーツカー」というのは、当時はまだまだ旧式な小型で後輪駆動のMTのファミリーカーが生き残っていて、それをベースに派生した手頃な2ドアのファミリーカーが(今と比べれば)多かっただけなのかもしれませんね。
もはやクーペじゃないセダンやハッチバックですら、後輪駆動のMT車というだけで現代から見ると「スポーツカー」に見えるだけなのかも。
今はほぼすべてのファミリーカーが前輪駆動でATになってしまい、衝突安全性のためにボディが重くなりがち。ファミリーカーを2ドアボディにするだけで「FRでMTの手頃なスポーツカー」にできる時代ではないわけです。

2022年現在、スポーツカーは高嶺の花なのか

そんなわけで、2022年現在、手頃なスポーツカーが出てこないと言われる原因として

  1. 昔と今では物価が違う

  2. お金がない人はどんなに安くても新車を買わず、中古車を買う(もしかすると中古車すら買えない)

  3. そもそも手頃なスポーツカーは今までそんなに存在してない、昔はMTでFRのファミリーカーが多かっただけ

の3つが考えられる、という話をしてきました。身もふたもないのですが、2022年現在は80年代から大きく時代が変わってしまったのです。

恐ろしいことですが、AE86やファミコンが世に出たのが今から38年前の1983年。そこから38年遡るとちょうど太平洋戦争の終戦を迎えた1945年。2022年の新車とAE86を比較するのは、1983年当時に新車のハチロクと終戦当時の自動車を比較するのと同じようなもの、というわけですね。

1945年頃に日本で製造されていたトヨダ・AA型乗用車

本気でスポーツカーが欲しい人は黙って買う

そんな、スポーツカーには厳しい時代…と思いきや、例えば2017年の日本の自動車販売台数を見てみると、86/BRZやロードスターが500台~600台程度が売れていて、ランキングTOP50位に食い込んでいることがわかります。
日産キューブやエルグランド、トヨタ・ポルテなどと同程度の販売台数、と考えるとかなり多いですよね。

中古車情報誌をみても豊富にタマ数があるし、街中でも意外に86/BRZやロードスターをはじめとするスポーツカーを見かけます。
結局のところ、本気でスポーツカーが欲しい人は黙ってスポーツカーを買っているわけですね。

本気の人はスポーツカーの定義にこだわらない

スポーツカーに求められるニーズの一つが「ボディのかっこよさ」かと思いますが、もう一つ忘れてはならないのが「スポーツ走行を楽しむこと」だと思います。
ボディ形状やミッション形式、駆動輪にこだわらなければ、スポーツ走行するあらゆるクルマが「スポーツカー」といっても過言ではないかもしれません。

手頃な軽自動車を使った耐久レースや、ハイブリッドカーを使ったラリーやダートトライアルは人気が高く、日本全国で活躍しています。

先ほどはスポーツカーの定義を「後輪駆動で2ドアのMT車」と書いたのですが、それでいうと軽トラックも十分スポーツカーと言えるかもしれません。実際に、軽トラックでモータースポーツを楽しんでる人は想像以上にたくさんいるようです。

ここまで本気でモータースポーツをしなくても「後輪駆動」だとか「2ドアクーペ」といった要素こだわらなければ、軽量ハイパワーなスイフトスポーツや、廉価グレードのヤリスアルトワークスなど、走りが楽しい手頃な車がたくさん新車で選べるわけです(しかもちゃんとMTが選べる!)

180万円台から販売される現行スイフトスポーツ。
1トン切る軽量ボディに直噴ターボの組み合わせがこの価格で買えるのに
「今は手頃なスポーツカーがない!」というのは、さすがにメーカーに失礼すぎる気が…

まとめ:そもそも無茶を言うな

まとめると「手頃なスポーツカーがない!」と嘆く人達は、80年代から価値観や常識をアップデート出来ないまま、金も出さずに世の中に文句を付けているだけで、きっと未来永劫変わらずそうやって余生を過ごしていくのでしょう。
このご時世に「後輪駆動でMTの2ドアクーペを新車で150万円くらいで出せ」という無理難題を言わず、条件をほんの少し妥協すればいくらでも選択肢があるわけです。

いま自動車メーカーはこの厳しい時代に魅力的なスポーツカーを販売してくれています。
消費者である私達ができるのは、メーカーに対して大きな声で無茶なワガママを言うことではなく、頑張って働いて新車のスポーツカーを買うか、少し妥協して中古車を買うか、黙ってスポーツカーを諦めるか。そのどれかしか無いと思います。

あなたはどの選択肢を選びますか?

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