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【女優とゲイと私たち】5.再会まで

行き先は、おどろくほどあっさりと決まった。まるでタイミングを待っていたかのように差し出された新しい流れに、乗ってみることにした。物理的にも心理的にも、泣きくれる時間もなければ失うものもない。

元彼の部屋を引き払う様々な後始末により、自分の引越し資金すらなくなった。せめて2ヵ月か3ヵ月程度、お金を貯めて部屋を借りるまでの間、住まわせてくれるところがほしい。あるんだろうかそんなところ。私が受け入れる側だったら躊躇するだろう。期間限定とはいえ、だれかと生活を共にする楽しさよりリスクに目がいく。仲がよくても、浪漫珈琲のメンバーには頼るまい。不可抗力といえどあまりに情けなくだらしない事情なので、伝わればいろいろと面倒くさい。

実家に戻る選択肢はなかった。東京から新幹線で2時間、最寄り駅から車で30分、ひなびた田園風景の中にぽつりと建つ1軒家には母が住んでいる。シングルマザーだが長い付き合いの恋人がいて、私はなんとなくその人を好きになれず、極力接点を持ちたくなかったせいもあって、母とも微妙に距離が出来てしまっていた。何かの折に連絡をとりあったりするものの、ここ数年実家から足が遠のいている。

地元の風景は好きだし思い出も多いが、それだけのものだ。戻って働くとなれば、地元の人間とどうしても関わっていくことになる。閉鎖的で噂好きで、せまいつながりの世界。保育園から高校生活の終わりまでいじめられていたから、例えほんの少しであってももう同年代のコミュニティには関わりたくなかった。

頼れそうな知人として思い浮かんだのは、お世話になったことのある制作さんだった。以前舞台の現場に手伝いに行った際、メインスタッフとして仕切っていたのが彼女だった。明るくててきぱきしていて面倒見がよく、常に笑顔で気を配る姿は現場の潤滑剤のようで、仕事の進め方だけではなく立ち振舞いまで、本当に勉強させてもらった。舞台期間が終わっても付き合いは途切れず、たまに飲みに行ったりカラオケに行ったりして遊んでいた。2つしか歳がかわらないのに、彼女は私よりぐっと世慣れた頼もしい大人だった。

「いいよ、心当たりがあるから少し聞いてみるよ。」と電話口で彼女は言った。
夜、彼女の仕事が終わる頃に電話をかけ、ざっくりと事情をかいつまんで相談した。ふーん、という感じで話を聞いてくれ、詮索も裁きもしないいつもの様子に救われた。
「うちは知っての通り狭いし、泊めてあげられなくてごめんね」
「ありがとう。久しぶりなのに、へんなお願いごとでごめんなさい」と、私は詫びた。
「いいって。でも相変わらず、落ち着かないね~!面白いけどさ!」と彼女は笑い、またすぐ連絡するよ、と言って電話を切った。

それから本当にすぐ連絡が来た。電話が終わった2時間後くらいに。
「知り合いでルームシェアをしている人がいて、1人増えるくらいいいよって言ってるんだけど、どうかな?笹塚の広めのアパートで今4人住まいだって。家賃は、光熱費込で毎月だいたい20,000円くらい。よかったら、明日にでも会って話しましょうって言ってるけど」

彼女から来たメールを読んで、私は即返信した。
「すごくありがたい!話聞いてみたいです」
すぐに彼女から、その知り合いの連絡先を教えてもらい、直接メールを送った。レスポンスは早く、何度かのラリーで、翌日の午後新宿で待ち合わせることになった。

待ち合わせの相手は、3年前に私が野外演劇でくぎづけにされた女優、しのぶさんだった。

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