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【女優とゲイと私たち】2.真夏の野外ステージ

しのぶさんを舞台で初めて観たのは、彼女と知り合う3年前のことだった。新宿の花園神社の敷地内に組まれた野外ステージ。そこで展開される現代劇を、薄っぺらい座布団が敷かれた桟敷席、ぎゅうぎゅうづめの蒸し暑さの中で観た。

しのぶさんは、海外の要人につく通訳の役を演じていた。言葉を発せず、顔色ひとつかえず、淡々と手話通訳を続けるのみ。彼女の手話はコメディだった。それっぽいのに全く違う荒唐無稽な手話アクションが面白く、かつシリアスな芝居に織り込まれ畳みかけてくるので、すっかり心をうばわれ、彼女が登場するたびに拍手したいほど嬉しくなった。しのぶさんは無表情のまま、叩かれたり叩いたり、投げ飛ばされたりしていた。
書いてみると、よくわからない役柄だ。

夏の夜、くり抜かれた新宿の一角は別次元をうごめき、大通りを行き交う救急車の音や、照明に飛び交う夏虫もすべて飲み込んで幕を閉じた。ぎゅうぎゅうづめになっていたことも、蒸し暑かったことも、気が付いたら忘れていた。

あらすじも、しのぶさんが通訳していた俳優がだれだったかも覚えていない。青白い照明に包まれたステージで、全身で女優だった彼女の姿だけが、いまも強烈に印象に残っている。

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