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徳用マッチの痛い夜

ママがAmazonで徳用マッチを買った。メルティーキッスのパッケージと同じくらいのサイズ感。箱入りチョコはすぐなくなるのに、ぎっしりつまったマッチはそうそうなくならない。普通に使っていれば。

マッチは今でも、育った家を思い出させる。夕方になると、祖母が仏前の蝋燭に火を灯し、お参りをするのが日課だった。マッチを擦って火が付くときの匂いが好きで、祖母が仏壇へ向かうと、その匂いを嗅ぐために傍にくっついていた。マッチに惹かれる私の様子を見て「火で遊んだらいけないよ」と、祖母はいつも言うのだった。実際、火で遊んだらどうなるか、わりと近いうちに知ることになる。

祖母たちの暮らす家には広い庭があり、春になると枯れた芝生を一度焼き払うのが常だった。黒く焦げた庭は、いつ見てもぎょっとさせられたけれど、どんどん暖かくなる春への期待が込み上げる風景でもあった。

春先の雨の日。家族がいない隙をみて、庭の芝生に火をつけてみた。火を使うお手伝いはさせてもらえなかったので、やってみたかったのだ。仏壇にあった徳用マッチを持ち出し、ほんの少しだけのつもりで。火で遊ぶなと言われていたけれど今日は雨だし、マッチはいっぱい入っているから少し使ってもばれないだろう。徳用マッチは擦る面がくたびれていてなかなか火が付かず、思ったよりも消費してしまったけれど、火がついたときの嬉しさ、香り、枯れた芝生が燃える香ばしい煙の匂いにとりつかれたようになり、どんどん火をつけ続け、着々と家のまわりに焦げ跡が残っていった。徳用マッチは気づけば、残り数本にまで減っていた。

その日の夕方、マッチ遊びはすぐにばれ、家を燃やす気か、とものすごい剣幕で怒鳴られた。燃やす気ではなかったのだけれど、いたずらの自覚は充分にあったので反論があるわけもなく、おとなしくはりたおされた。大抵の悪事はこの辺で許してもらえるのだが、このときはそれで済まされず、夜の庭に放り出された。締め出されたのは初めてだった。

田舎の夜は暗い。街灯がないのだ。真っ暗な庭は、雨の匂いと、ほのかな焦げ臭さ。カーテンを閉め切って鍵をかけられ、暗くて寒い庭にひとり。背後の雑木林は薄暗くて気味が悪い。しばらくぽかんとしていたが、目に入った隣の民家の明かりがうらやましくて泣けてきた。泣き叫びながら詫びたのも、このときが初めてだった。

あれ以来、物理的な火遊びも、大人の男女の火遊びもすることはなく、私はだいぶ大人になった。今日もお店の徳用マッチで、お客さんのタバコに火をつける。マッチの匂いはかわらない。

#日記 #エッセイ









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