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AIの民主化のために:AI開発へのブロックチェーンの適応



AIとブロックチェーン

現代社会をディスラプトしている2つのテクノロジー、AIとブロックチェーン。AIとは「知的行動を人間に代わってコンピューターに行わせる技術」であり、かたやブロックチェーンとは「暗号技術によって正確な取引履歴を維持する技術」です。一見全く異なる2つの技術分野に見えますが、両者は相互に影響しあい組み合わさり、新しい社会を構築していきます。

Google Cloudによる記事では、Web3.0と生成AIのユースケースとして以下のようなものが挙げられています。

  • ブロックチェーンに関するドキュメントの検索や要約

  • ブロックチェーン上の取引の調査や分析

  • ディベロッパーの開発のコーパイロット

  • Web3.0アプリケーションのためのAIアシスタント

  • Web3.0のクリエイティブにおけるアセット生成

これらはWeb3.0領域に対して生成AIを適用する方向での活用例です。見てわかる通り、こちらの方向性では他領域におけるユースケースとほぼ同じです。これは生成AIという技術が従来の各作業の自動化・効率化に特化しているため、適用可能な分野が広範囲に渡るからです。

それに対してブロックチェーンがAIと異なる点として、新しいWebという性質上、技術自体が大人数の参加を前提にしているというものがあります。AIはたとえ一人だけが使っていても一定の恩恵を得ることができますが、ブロックチェーンは一人だけがそれを使っていては効果を持ちません。社会基盤自体の変革を促す技術であるため、ブロックチェーンが社会の基盤となった際は、社会の構造や信用のあり方が大きく変わってくるでしょう。

AIの独占、ブロックチェーンの可能性

それではブロックチェーンはどのようにAIに活用することができるでしょうか。その際にまずはAIの技術スタックを見ていきましょう。

AIの技術スタック
Mayfield Capitalより
  • アプリケーション:ChatGPTやSiriなどのエンドユーザー向けAIサービス

  • ミドルウェア&ツール:Hugging FaceやGPT-4.0といったモデルや開発ツール

  • データ:ネット上のパブリックデータや、企業や個人が保有するプライベートデータ

  • インフラストラクチャー:AWSやGoogleなどのクラウドサービスによる開発インフラやデータセンター

  • 半導体&システム:Nvidiaなどの提供するGPUなどの半導体

普段話題として上がるのはアプリケーションやモデルなどの上位レイヤーですが、その下にデータやインフラ、コンピューティングなどはAI開発のコアとなるレイヤーがあります。そして上記の例などを見ればわかる通り、現状これらのレイヤーはほとんどが少数の企業によって支えられています。そのためデータの偏りやプライバシーの欠落、セキュリティリスク、そして将来的にはAI自体の独占といったリスクが生じることになります。

現在はまだAIは便利なツールですが、AGI(汎用人工知能)の開発は日々進んでおり、もし実現されればそれを独占した開発した企業・個人は人類と社会に対して危険とまで言える過大な影響力が集中することになるでしょう。そうした将来のリスクに対処するためにも、AIの民主化というのは重要なトピックです。そしてブロックチェーンはその実現を可能にする技術です。

そこで今回は、AIの民主化を目指す野心的なスタートアップを、各レイヤーごとに紹介していきます。

AIの民主化を目指すスタートアップ

Gensyn:コンピューティングの民主化

HP:https://www.gensyn.ai
設立年: 2020年
拠点:イギリス(ロンドン)
シリーズ:Series A
累計資金調達額:5000万ドル(75億円)

GensynはAIモデルをトレーニングするためのコンピューティングリソースの供給者と、実際にトレーニングしたい利用者を繋げるマーケットプレイスです。世界中の使われていない状態にある、機械学習に対応できるコンピューティングリソース(小規模なデータセンターから、個人用のコンピューター、さらにスマートフォンまで)を利用することで、利用可能な計算能力を10~100倍にしようとしています。

機械学習のためのコンピューティング費用は日に日に増しており、また大規模なデータセンターを持っていない個人などには開発が難しいのが現状です。そのためコンピューティング能力は少数のテック企業に集中しています。

トレーニングのためのコンピューティング費用の推移(x軸は年、y軸は費用)
Epochより

この課題を解決するために、レイヤー1のブロックチェーンであり、機械学習タスクの遂行の証明ができるGensyn Protocolが登場します。世界中の使用されていないコンピューティングリソースを繋げ、報酬によるインセンティブ付けをすることで、Gensyn Protocolは既存の機械学習のコンピューティング手段と比べても、安くかつ大規模なスケールで行うことができます。

他コンピューティングリソース供給者と比べた費用とスケーラビリティの表
Gensyn Lightpaperより

Gensynは2023年6月にa16z cryptoをリードとするSeries Aラウンドにて4300万ドルの資金調達をしています。Gensynのようなインフラがあることで、機械学習やAIの開発能力が民主化され、起業家や中小企業にもAI開発の可能性が開かれるでしょう。

Ocean Protocol:データの民主化

HP:https://oceanprotocol.com/
設立年: 2017年
拠点:シンガポール
シリーズ:Seed
累計資金調達額:3300万ドル(50億円)

プライベートデータは入手困難かつ、研究やビジネスにとって価値のある貴重なデータです。こうしたプライベートなデータも、大企業によって許可なく取得され利用されるという問題の解決がWeb3.0におけるひとつの大きな目的となっています。Ocean ProtocolはデータをNFT化することで、個人の持つプライベートデータの開放と所有を可能にしています。

Ocean Protocolは、イーサリアムをベースに開発されたオープンソースのプロトコルで、企業や個人がデータの交換を通じてマネタイゼーション(収益化)することができます。データの提供者は、タイトル、内容、価格といった属性を指定し、自動マーケットメーカー(AMM)であるOcean Market上でデータコインをミントして発行することができます。

Oceanマーケットにて自身のデータをNFT化して発行できる
Ocean Protocolより

そして重要な機能のひとつとしてCompute-to-Data(C2D)があり、これによりユーザーは特定情報などへのアクセスを避けながらデータの提供をすることができます。プライバシーを保護しながらデータのマネタイゼーションが可能となるわけです。

AI開発において個人が持つプライベートデータはますます重要性が増していきますが、データの民主化を通してより広い開発元にケイパビリティを与えると共に、我々一般消費者も自身のデータの所有と販売ができるようになります。

SingularityNET:AIサービスの民主化

HP:https://singularitynet.io
設立年: 2017年
拠点:オランダ
シリーズ:非公開
累計資金調達額:6600万ドル(100億円)

SingularityNETはブロックチェーン上で、AIサービスのマーケットプレイスを提供しています。発行できるサービスは簡単なアルゴリズムから、業界に特化したAIソリューションや独立したアプリケーションまでと広範囲であり、不特定多数によるAIの大規模開発と売買が可能となります。

SingularityNETのAIマーケットプレース

冒頭でも示した通り、AI開発のプロセスが少数企業に閉鎖されたものとなっているのが現状ですが、SingularityNETのマーケットプレイスを利用することでAIサービスをモジュール化して設計し、他のAIサービスと組み合わせて開発することが可能となります。サービスの発行者はAGIXトークンを請求することで、開発のインセンティブを持ちます。

ICO(Initial Coin Offering)やVCからの出資を経てかなりの資金を調達しているSingularityNETですが、創業者であるDr. Ben GoertzelDr. David Hansonは、Hanson RoboticsにてSophiaという人間の形をしたAIを開発しており少し話題になっていました。

(上)ドラマ「シリコンバレー」のFiona
(下)Ben GoertzelとSohpia

私の好きなドラマである「シリコンバレー」の中で、開発したロボットに性的欲求を持つ変質者の研究者として描かれたキャラクターはどう見てもBen Goertzelのオマージュですが、本人からのコメントはないようです。

ともあれ、SingularityNETは早い段階からAIの民主化に取り組んでいる先駆者的なスタートアップといえます。

Ritual:AI開発の民主化

HP:https://ritual.net
設立年: 不明
拠点:アメリカ
シリーズ:Series A
累計資金調達額:2500万ドル(37億円)

Ritualは中央集権型のAIを開放し、分散型AIの開発を目指すというビジョンのもと、AIのための分散型ネットワークを提供しています。

Ritualのコアとなる技術にはInfernetがあります。これは機械学習の結果を得たいユーザーが要求を出し、その要求に対してノードがオフチェーン上でコンピューティング(演算)を行うスマートコントラクトです。当然、実際にコンピューティングをしたかどうかは検証され、証明されます。

Infernetの図解

Ritualは最終的にはInfernetを拡張し、他ブロックチェーンと繋げることで、ブロックチェーンにおけるAIの補助処理機能としての役割を果たそうとしています。これによりブロックチェーン上での分散型AI開発の基盤となります。

Ritual Superchainの図解

Ritualは今年11月に、ニューヨークのクリプト特化VCであるArchetypeや、著名VCであるAccelなどから2500万ドルの出資を受けています。ブロックチェーン上での、オープンなAI開発のためのインフラを目指す、野心的なスタートアップです。

The Culture DAO:AIプロジェクトの民主化

HP:https://www.theculturedao.com
設立年: 2021年
拠点:アメリカ
シリーズ:不明
累計資金調達額:不明

こちら前回の記事にても紹介させていただいたThe Culture Daoは、DAOの活用によるAIプロジェクトの遂行を行う組織です。エンジニア、ライター、アーティスト、ミュージシャンなどのクリエイターをメンバーに、AIゲームやAIキャラクター、AI映画といったAIのエンドアプリケーションの共同開発を目指しています。

現状いくつかのプロジェクトが進行中と記載されておりますが、最も開発が進んでいるのはTales of Synという生成AIをフル活用したゲームです。こちらはゲーム内の画像や3Dアセットを始め、NPCとの会話やストーリーも全てAIによって生成することで作られています。

AIキャラクター、そしてゲーム内アセットもAIによって生成されている
Tales of Synのデモ動画より抜粋

AI生成のディズニーになるというビジョンのもと、ブロックチェーン上の分散型自律組織によってAIコンテンツの開発を行っていますが、まさにAIスタックの最上位レイヤーの民主化といえます。現状DAOによるAIアプリケーション開発は少ないですが、これからはコンテンツだけでなく実用的なアプリケーションなどもDAOで開発するようなケースが出てくると考えています。

トークンエコノミーを活用した共同開発といった部分は課題が残りながらも未来のある領域ですので、引き続き注目していきたいです。

「太陽の力が、私の手の中に」

The Power of the Sun, in the Palm of My Hand

Doctor Octopus,  "Spider-Man 2"

「スパイダーマン」にて太陽の力を手に入れた際のドクターオクトパスの有名なセリフですが、AGIという強大な力の開発が進む中、その所有権が少数の組織に集中するのは非常に危険です。特にそれが営利目的の企業である場合、資本主義の性質上、利益追求という単一の(危険な)目標に向けて力が利用される可能性は大きいです。

AGIを完成させ、シンギュラリティが訪れた際、AIの目的と手段の誤りによって暴走が起こるリスクは大いにあります。このリスクへの対処はまた民主化とは別の、その先にある大きな課題となっていますが、近い未来を考えた際に、AIの民主化は必要不可欠な要素だと考えています。

AGIのリスクは現状予測が難しいですが、私はAIが少なくとも、「親愛なる隣人」になるためにも、中央集権的ではなく、我々大衆による民主主義的なコントロールを実現すべきだと思います。

最後に(AIとブロックチェーンの未来に賭けて)

今回はブロックチェーンを活用することでのAIの民主化について見ていきました。それぞれのレイヤーを開放するスタートアップは出てきていますが、AIの全レイヤーの完全民主化のためにはWeb3.0自体の実現・普及が不可欠です。ウェブ技術自体の変革を通して、これからのAIの在り方も大きく変わってきます
次回の記事では、トークンエコノミーの社会実装について書いていきたいと思います。

HAKOBUNEもWeb3.0による新しい社会のために、Web3特化のインキュベーターに投資しています。Web3.0とAI領域はもちろん、将来の時代を象徴する"変化"に積極的に投資していきます!
これからの社会を担う起業家や、アイデア段階にいる方々ともぜひお話をしたいと考えていますので、お気軽にご連絡ください。

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<参考資料>