出口顕『声と文字の人類学』より

「古代ギリシアのポリスにはムネーモネス(mnemones:記憶する人、備忘係)という役職があった。前五世紀のクレタ島の都市国家ゴルテュンでは、ムネーモネスは法の審議過程に深く関わり、過去の案件の証人として裁判員の傍らに控えていた。彼の役割は法廷の議事進行や訴訟手続きを記憶しておくことであり、それらについては書かれた記憶は残っていなかったのだ。
 これに関連する職にいたのがクレタ島のスペンシソース(Spensithos)という名前の書記であり、前500年頃にその職は名誉ある職とされた。彼の仕事は都市の出来事を書きとめ記憶しておくこと(mnemoneuein)であった。記憶しておく仕事は、ムネーモネスを想起させる。スペンシソースは、書き記しはしたが、文字を介しないで記憶することが義務だった。それゆえ文字が完全に法律や取り決めを支配するというのではなかった。」

出口顕『声と文字の人類学』NHK出版、2024年、75~76ページ。

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