夢 -0406

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 冷酷な独裁者として知られるディミトリは、絵画の中では常に力なき者として描かれた。痩せこけた体に襤褸をまとい、村人、特に女たちによって追い立てられるディミトリという構図は、画家たちに好んで用いられたものであるが、中でも特にこの作品はユニークで、目を凝らすと、箒や鍬を握る女たちに混じって、農民を象徴する緑の布切れを果敢に振り回す、愛らしい黒猫の姿を目にすることができる。

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 赤い廊下を二人は走っている。赤い壁にびっしり貼り付けられた赤い付箋が一言も読まれることもなく、二人のうしろで一斉にはたはたとさざめく。


 男の背よりも高いクリスマスツリーが、部屋の隅に綺麗に飾り付けられている。
 机の上を確かめている男のところへ行こうとして、通り過ぎるときに彼女は枝の間に無数の手が覗いていることに気付く。どの手も蓮の花のようにそっと指先を揃えて、上向きにずらりと並んでいる。
 箱が3つある、と男が話し始めて彼女はそちらを向く。
 箱が3つあるということは、目と耳と***、と男は言うが私は聞き取れない。
 そのまま地下への扉を開けて降りて行ってしまうので、彼女は慌てて追い掛ける。横目に見た箱の中には、明かりを反射するゴム製の耳が丁寧におさめられている。


 点々と置かれたパイプ椅子に、黒い服を着た人々が静かに座って待っている。最前列に腰を下ろした二人も他の人と同じように黒い服を着て、漂白された幅広のレースをぎゅっと結んで両目を覆っている。
 合間をぬって床を埋めるように横たえられた人々は、揃って同じ黒い着物に、のっぺりした白い仮面で顔を覆っている。

 新郎新婦がそろそろと黒い服を着て入場する。
 男が小声で、これでもう彼らはこの世の者ではないので連れて行かれることはない、と彼女に説明する。
 誓いを終えて出て行く幸せな夫婦の方へ、頭を向けて見送る彼らのうしろでは、いつの間にか上半身を起こした死者たちが、仮面の奥から身じろぎもせずいつまでも二人を見ている。

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