20220502

 古くなった上着のポケットに入れたまま気付かず捨てたようなもののひとつとか、振り返らずにいるうちに流れて来て流れて行った雲の形のようなもののひとつ、うまれてから今まで何度も見て一度も覚えたままでは目覚めることのなかった夢のようなもののひとつで、何だったのかは忘れてただずっと遠いままだったので、考えようとするとすぐに誰かが、どうしてお前がと遠くから嫌な目つきで見る。
 何かちょうどふさわしいものを探してあちこち引っ掻いてまわったがあったのはあの庭はもうないというそれだけだった。

 何かが小さく転がってくる。ふつふつ鳴りかけるのをひとつずつ踏む。跡形もないように見える。跡形もないはずだと思う。どうしてで始まって続ける前に終わる。

 私の窓には忘れてしまった空き缶が毛皮のように飾られていてどこか遠くでだれかが、声に出さずに私を呼ぶとけたたましく鳴ることに決めている。それでこのここでこの形になった私の血と肉と骨は毎日眠ることができる。
 どの夜も静かな夜で私はどこまでもどこまでも沈んでは浮上して絶え間なく空気を送り続けて一番古いところから燃やした。それだけだった。

 庭も庭を見る人もなくなって生け垣の巣の雛たちも錆びた自転車も家も町も町までの道も全部なくなって、私の方に吹く風はないが庭はきっと本当に穏やかになった。

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