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 私はそのとき夢を見ていた。横断歩道で向こう岸から来た、友人だったひととすれ違った。友人だったひとによく似ただれかに会いに行く夢だった。よく知ったような声で彼が話すのを聞きながら私は安らかだった。この影の中にこの先ずっとうずくまっていたいと思った。穏やかな夢だった。目が覚めて何度も反芻した。
 夜になるまで誰も私に教えなかったので日もまた穏やかな日だった。私はあたたかな場所で、一日守られて過ごした。
 そのときには、なにかしるしがあると思っていた。形になるほどはっきり考えていたわけではなかったが、振り返ってみれば確かにそう思っていた。ささくれたアルミ箔や、引き裂かれた目配せにつまづくと思っていた。あるいはつまづく夢を見ると思った。しかし私の一日は健やかだった。
 いつか既に一度過ごしたような一日を終えて、やっとそれを知ったとき、正しいピンはひとつも弾かれなくて私は笑顔だった。私は粉々に割り当てられて、ひとつひとつを持ち上げ押し込んで正しい顔を作るのにとても多くの手順が必要だった。
 私の世界から彼女がうしなはれたのはそのときではなかった。二度と会わないと分かったとき既に彼女はそのどこにもいなかった。しかし厳しく言うならばついになくなったものはあった。あらゆる偶然のための亀裂は確かにうしなはれたのだった。すべての路地をでたらめに歩き回っても彼女に出くわすことはない。
 それは永遠に何かが書き換えられるということだと思っていた。何かが永遠に変わると思った。そうでないとしたらそれは何ひとつ変わらないときだと思っていた。
 日が変わって私は何度も不用意なことを言った。寂しさや痛みや喪失についての冗談を口にするたびに、それを聞いた相手の顔色に頬を張られた。
 あらゆるものに彼女の影が落ちていた。思いもよらない場所に彼女はどろりとこびりついていた(そしてもちろんだれかの怯む目ががまた私を打つ)。今、今どこも危険なものだらけだった。どちらに踏み出しても私の足は煮えたぎるものに触れかけて止まった。
 しかし永遠ではない。それは私の目の前に現れたときから既に遠ざかっていて、時間が過ぎればほとんどなにもなくなってしまうだろう。
 薄暗い部屋に横になって、今まで避けていた曲をたくさん聞いた。死は、死は。眠る前に目を閉じても何を願ったらいいのか分からなかった。脱ぎ捨てるように身をよじって願うものがなかった。振り返ればいつでも、電柱の隣に長く影が伸びて私がまた歩き出すのを待っている。私が何を脱ぎ捨てても、大きな目でそれは私をじっと見ている。
 彼女の言葉をだれかに聞かせる私の言葉を思い出してもそこに彼女の私を呼ぶ言葉はないので、私がそのときどんな名前だったのか私は忘れてしまった。

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