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大将、ありがとうございました。

大好きな大将が天国に行ってしまった。
私に寿司の楽しさ、美しさ、味わい方を教えてくれた恩人だった。
あのセンスと技術で、どれだけの人を幸せにしたのだろう。
初めて太平寿しに行ったのは、かれこれ15〜6年前だろうか。
まだ野々市が野々市市というややこしい都市名になる前のことだった。
東京で暮らしていた私の目には、住宅地に佇む普通のお寿司屋さん。
それが太平寿しの最初の印象だった。
そう思ったのはきっと私だけではあるまい。
連れてきてくれた地元の友人、吉田さん曰く、とにかく美味いと言う。
期待もせずにお店に入ると、なんともダンディで髭のよく似合う笑顔の素敵な大将が出迎えてくれた。
大将の寿司はのっけからどれも独創的な寿司で、それまで食べた事が無いような、呆気にとられるものばかりだった。
そして何より大将の人柄が素晴らしく、また直ぐに来たくなってしまった。
それからというもの、美味い寿司が食べたくなったら、わざわざ飛行機に乗って金沢の太平寿しまで来るようになった。
そんな贅沢が出来るようになった年頃でもあった。
訪れるたびに、いつも驚きと新しい知識を提供してくれるお店というのは、そう巡り会えるものでは無い。
大将の高谷さんは、私に寿司の素晴らしさを教えてくれた先生だったし、これからもずっとそうなのだ。
なにしろ、私が金沢に移住することを決断したきっかけの半分は「いつでも太平寿しに行ける」という底抜けに前向きな理由があったからだ。

南アフリカの楽器、ブブゼラ(https://youtu.be/3S6V0mZJXTI)の本物をリアルに見たのは太平寿しだった(それ以降どこでも見た事など無いのだが)
大将は大のつくほどのサッカーファンで、地元の少年サッカーチームの支援もされているだけでなく、四年に一度のワールドカップ観戦と家族旅行を兼ねて長期休暇を取り、開催地まで行ってしまうのだ。
そして旅から帰ると、いつもの笑顔で旅先でのエピソードを話しながら、サラッと新しいアイデアを詰め込んだ寿司を作ってくれた。
大将には申し訳ないのだが、そんなのを出されると旅の話などそっちのけで、目の前の寿司に釘付けになってしまうのだ。

太平寿しは毎年のように数々のヒット作を生み出してきた。
カーペンターズやマイケル・ジャクソンと並ぶか、それ以上かもしれない。
全てを語ることは出来ないが、少し振り返ってみたい。

●のどぐろの、あたたか寿司

まさに衝撃の寿司。
私は食べる度に「MoMA Collectionに加えるべきだ」と唱えて続けてきた。
当初は蓋つきの器で提供されていて、蓋を開けた時に立ち上る香りと寿司そのもののデザインで震えた。
そしていつも思うのだ。
「昆布は食うのかな」
大将いわく、むかし大阪の町を歩いていた時に、シャリの良い香りがして匂いの方に近付くと、蒸籠で寿司を蒸していたのを見て、そこからインスパイアされたんです。と言っていた。それがどんなものだったのかまでは知らないが、大将にそれを見せてくれた人に感謝するしかあるまい。
「のどぐろの温かいお寿司ってのがあるんだよ、この世には」
言うまでもなく、東京に戻って友人達にそう自慢したものだった。

●香箱蟹のミルフィーユ寿司
香箱蟹はどう食っても美味い。
しかしその香箱蟹を異次元の美味さに引き立てたのが、太平寿しのこれである。ある時に大将がカウンターの向こう側で香箱蟹をバラし、内子、外子、身をそれぞれ分け、シャリと混ぜ始めた。何をしているのかと思ったら、それを三層の美しいグラデーションの寿司として仕立ててくれた。「なんですかこれは!」と聞くと、ニコニコ顔で「面白いと思って即興で作ってみました」と言ってのけた。

●白子のムース寿司

豆皿の中心に柚子シャリがちょんと盛られ、その周りに裏ごしをしたムース状の白子。枯山水のようにデザインされた寿司は口の中で渾然一体となる。
これも大将の「温かい寿司」シリーズの一品。
なんでこんな美味いものを考えつくんだろう。

●ずわい蟹のチョモランマ
蟹のほぐし身をシャリと混ぜ合わせ、四角錐のようにお皿に盛り付けた、ある意味「にぎら寿司」である。
その様子がチョモランマのようである事から、その名がついた(ここに登場する寿司の名前は私が勝手につけた名前である)もう蟹はこの状態で生息しているように進化すべきだと思わせる出来栄え。

●太平寿しのかっぱ巻き

かっぱ巻きは地味だけど、ある時期から私は太平寿しの〆には、必ずこれを頼むようになった。何故なら、目の前で大将の超絶包丁捌きが見たかったからだ。柳刃で胡瓜を横からスイスイと華麗にスライスして行く技術は、相当な見応えがあった。切りたて、巻きたてのかっぱ巻きにレモンとマルドンの塩を軽くふって手渡され、すぐに口に運ぶ。
太平寿しのかっぱ巻きは、作ってから食べるまでのスピードが勝負なのだ。
海苔と胡瓜の歯ごたえ、そしてレモンの酸味と口当たりの良い塩。
大将の包丁技術も相まって、私の中での太平寿しベストヒットは、このかっぱ巻きだった。
※大将の包丁さばきの動画はこちら
https://photos.app.goo.gl/QmjIbwDDCHJWiKsx2

なかには、こんな遊び心満載のピカソのような寿司もあった。

私が金沢に移住してからは、客人が来るたびにお世話になっていた。
ひどい時には5日連続で別々の来客があり、全員が太平さんの寿司が食べたいと言うので、申し訳ないとは知りつつも連続で行かせて頂いた。
大将は嫌な顔ひとつせずに対応してくれただけでなく、毎日趣向を凝らした違う内容の素晴らしいお寿司で楽しませてくれた。
しかしこの場合、一番楽しかったのが私である事は疑いようのない事実だ。

大将は帰り際に笑顔でよく「楽しかったです!またお待ちしてます!」と声を掛けて下さった。「いやいや楽しかったのは私の方です」と、心の中で脊髄反射的にいつもそう思った。
この一言のコミュニケーションで多幸感に包まれながら家路に就いた。

大将は天国に旅立ってしまったけれど、十数年の思い出が詰まった太平さんに寿司を食べに行こう。
そして大将のDNAを受け継いだ、お弟子さん達のお店で更に進化したお寿司を楽しませてもらいに行こう。

大将、ほんとうにありがとうございました。


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