Vol.52 西海岸訪問記・前編

Mar. 2014

 私はいま、この原稿をサンフランシスコの外村家(エバーノート日本会長)で書いている。

 正月明け早々、1週間ほどカリフォルニアのベイエリア方面に出張で出かける旨を編集長に伝えたところ、

「じゃあ3月号連載はシリコンバレー記ね、ケケケ」

と、取材費をビタ一文出したわけでもないのに、当然であるかの如く要求してきた。逆らってネットストーカーされるのも怖いので、2号に分けて西海岸訪問記をお届けする。

 外村仁氏が操るウワサの電気自動車「TESLA MODEL−S」の助手席に乗り、橋を渡りトレジャーアイランド(日本でいうところの夢の島)を横目に、バークレー方面へ向かう。

 サンフランシスコの渋滞は映画にもなるほどなので、少し余裕を持って出発したのだが、思ったよりも早く到着した。

 TESLAは想像以上のトルクで、エンジン音がまったくしないのに加速がすごい。そしてダッシュボードに設けられたタッチパネルの液晶ディスプレイがとにかくデカい。
MacBookプロ15インチを縦にした感じだ。
車なのに常にオンライン状態でオーナーのiPhoneとつながっていて、バッテリ残量や駐車位置など、あらゆる情報を知らせてくれる。
しかも、これら情報系の機能だけでなく、動力系の機能もシステムのアップデートでどんどん改善されるというので驚いてしまう。
と、車に感心している間に到着した。最初の訪問先はピクサー・アニメーション・スタジオである。

 いまさら説明は不要だろう。
「トイ・ストーリー」を生み出し、最近では「モンスターズ・ユニバーシティ」が記憶に新しい。なぜここに来たのかといえば、どうしても会いたい日本人アーティストがここで働いているから、という理由と、やはりスティーブ・ジョブズがオーナーでもあった映画制作スタジオだから。

 ちなみに、私も以前(03年頃から09年まで)は都内でCGアニメーションのスタジオを経営していた。
スタジオを作った理由は、初めてトイ・ストーリーを観たときに衝撃を受け、日本でもすんごいCGアニメーションを作ってやろうじゃないかコンチクショウめ! と脊髄反射的に動いてしまったからである。

 ところでこのピクサーという聞いたこともない会社はなんだ!? と調べてみると、予想もしなかった事実が判明し、なんとスティーブ・ジョブズが社長じゃんか!! と2度驚いてしまった。

 さて、約束の時間よりちょっと早く到着した我々は、厳重な警備ゲートで警備員にゲスト登録の有無を確認され、名前が書かれたパスを渡されて入館した。このときの私の心境たるや、

モンスターズ・ユニバーシティに入学し、ワクワク顔で校舎を見上げる大学生のマイク、あのシーンそのものだった。

 敷地内をウロウロして、指定された建物に行くと、そこには大きく

「THE STEVE JOBS BUILDING」

と書かれていた。ジョブズの没後、このビル名に変更したそうだ。
ビルの名前を見ただけでウルッときたのは初めてのことだ。
入り口前にはピクサーのデビュー作である、ルクソー・ジュニアの巨大オブジェが設置されており、エントランスではマイクとサリーがお出迎えしている。舞い上がって写真を撮っていると、ほどなくして彼がやってきた。

彼の名は、堤大介さん(通称Dice)

 一昨年、彼が出版した『スケッチ・トラベル』という一冊のスケッチブックのような本を読んだ。
第一線で活躍するアーティストが一冊のスケッチブックに作品を描いて、次のアーティストに手渡しで紡いでいき、4年半・12カ国をリレーして完成した、世界にたったひとつのスケッチブック。

 これが本となって出版され、その売り上げは、アジアのいくつかの国々の子ども達のために図書館を作るプロジェクトの費用として使われた(チャリティアートプロジェクト)。アーティストができる社会貢献を具現化する行動力に感銘を受け、実際にお会いしてお話を聞いてみたいと思い、訪問に至った。

 カフェやグッズ店が併設されている、とても広く開かれたピクサーのロビーは、ほかではあまり見かけられない特徴がある。

スタッフは必ず、日に1度は必ずこのロビーを通るよう設計されているのだ。たとえ自分のデスクにこもって誰とも会わず一日中仕事をしていたとしても、このロビーを通らない限りは外に出られないため、必然的にこの場所で誰かと出くわすことになる。

 これは「君は今、何をやっているの?」だとかの顔を突き合わせたコミュニケーションを大事にしようというジョブズの強い思いと配慮なのだと、堤さんが説明してくれた。

 そのロビーの壁の真正面、一番目立つ場所に、堤さんが描いたモンスターズ・ユニバーシティの巨大なスケッチが何点か飾られていた。
これを見るだけでも、堤さんが現在のピクサーのキーパーソンの一人であることがわかる。
彼との話の内容はここでは触れないが、とても真摯に興味深い話をしてくれた。私は彼の人柄に触れ、お会いする以前よりも興味が深まり、世界を相手に活躍する日本人クリエイターの姿を誇らしく思うと同時に、彼のような人々が日本を拠点に活躍できる状況を作り出すべきなのだと強く思った。

 またお会いする約束をして、ピクサーをあとにし、その夜はバークレーの日本風居酒屋「KIRAKU」で食事したのだが、この店のオーナーはジョブズが通っていたことでも有名な日本料理店「陣匠」で働いていた方が開いたお店だ。彼も何度かジョブズに寿司を握ったことがあるそうだ。

 店内は驚くほどの賑わいで、なかなか予約も取れない繁盛店とのことで、よく報道される海外での和食人気はどうやら本当らしい。

つづく。

※このコラムは2009-2015年までMacFanに連載していたものです。


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