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天敵彼女 (84)

 昨日は、気が付けば眠っていた。

 さっきアラームの音に気付き目を開けると、いつもの天井が見えた。少し部屋が暗かったので、カーテンを開けると、奏が自分の部屋から手を振っていた。

 俺は、手を振り返すと、着替えるためカーテンを閉めた。

 それからはいつも通りの一日が始まった。一階に下りると、既に制服に着替えた奏がいた。俺は、奏と一緒に朝食と弁当の準備をした。そんな俺達の様子を見て、縁さんは安堵の表情を浮かべ、父さんは何故かニヤニヤしていた。

 今日は、父さんは休みで、縁さんは仕事があるらしい。俺は、あの秘書さんが迎えに来るのではないかと思い、思わず表情をこわばらせたが、すかさず縁さんが今日は運転手さんだけよと言った。

 俺って、そんなに分かり易いのだろうか? 朝から若干凹みそうになったが、それだけ俺の事を理解してくれているのだと思う事にした。

 そんなこんなで、朝食を済ませると、俺は奏と一緒に高校に向かった。

 昨日は、とことんグダグダになってしまったが、俺は気合を入れ直した。奏の話に返事をしながらも、常に首を振って、辺りの様子を確認した。

 相変わらず、うちから学校まではあっという間だ。後は、校門までの一本道を残すだけになっていた。

「あっ、奏ちゃんだ。おはよう」

「都陽おはよう」

 俺は、周囲を見回すと、声の主を見た。相変わらずのハイトーンボイスだが、何かがいつもと違っていた。

「叶野さん、おはようございます」

「うん、おはよう」

 早坂は、元気そうだった。つい最近まで、うちにいたのが信じられないが、こうして外で出会ってみると、改めて収まるべきところにおさまったのだと実感させられる。

 俺は、うっかり早坂がちゃんとご飯食べてるのか心配しそうになったが、それなりに受け答えをした。そんな俺の後ろから嫌な声がした。

「やあ、久しぶり! 田舎の古民家に行ってきたんだって?」

「ああ、まあな」

「八木崎さんと進展は? どうだった? 何かあったの?」

「別に、お前には関係ないだろう? それより、早坂の事頼むぞ」

「もちろんだよ。で、八木崎さんとどうなったの?」

「うるせえ! 〇すぞ!」

 俺は、努めて素っ気なく答えた。佐伯は、それでもニヤニヤして俺を見つめていた。思わず、一撃喰らわせたくなったが、校門前の教師の姿が横目に入り、俺は自重した。

 そうこうする内に、俺はさっき感じた違和感の正体に気付くことになった。

「都陽、制服出来たんだ?」

「うん、どう? 似合ってる?」

「すごく似合ってるよ。これでおそろいだね」

「そうだね」

 俺は、ようやく早坂がうちの高校の制服を着ている事に気付いた。自分でも嫌になる程鈍感で、最早笑えてくる。

 多分、この調子で、奏の事も分からないまま通り過ぎてきたんだろう。今更になって、女子に関するスルースキルばかり磨いてきた自分を呪いたくなった。

「どうしたの?」

 奏が心配そうに俺を見ている。いつもなら、この手の事で悩み始めるとしばらく引きずってしまうのだが、俺はすぐに気を取り直した。

「別に、何でもないよ。それより、俺も警戒してるけど周りで何か気になる事があったら教えてね」

「うん」

 それから、俺はいつもより念入りに周囲を見回し、俺達は校門を抜けた。一応、セーフゾーンに入った事でホッとした俺に、奏が話しかけてきた。

「ねぇ、峻は気付いた?」

「何を?」

「ほら、都陽の制服! 昨日、お店から連絡があって取りに行ったんだって」

「う、うん……」

 俺は、言葉に詰まると、横目で早坂を見た。早坂は、どこか照れくさそうだったが、俺をまっすぐ見上げてきた。

「どう……ですか?」

「えっ?」

「似合ってますか?」

「う、うん……似合ってるよ。その後、ご両親とはうまくいってる?」

「おかげさまで、いい冷却期間になったみたいで、お互い素直に話が出来るようになりました」

「そっか……お母さんの味はどうだった?」

「普通に美味しかったですけど、叶野君の料理が懐かしくもありますね」

 俺は、思わずにやけそうになり、視線を逸らした。早坂も、ハッとして下を向いた。しばらく気まずい沈黙が続いたが、奏がうまくフォローしてくれた。

「どう? お揃いだよ」

「うん、似合ってるよ。いい友達だね」

「そうでしょ?」

「うん、本当にそう思うよ……まぁ、早坂もまたうちに遊びにきなよ。ごちそう用意しておくから」

「はいっ! 楽しみにしておきますね」

 俺は、それだけ言い残すと、一人で歩き出した。何だか、後ろから佐伯の声が聞こえた気がするが、もうそんな事を気にする余裕はなかった。

 それから、靴を履き替え振り返ると、同じ制服を着た奏と早坂が嬉しそうに微笑み合っていた。

 この時は、まさかあんな事になるなんて思ってもいなかった。俺は、先に廊下に出て佐伯以外を待つと、一緒に教室に向かって歩き出した。

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