見出し画像

天敵彼女 (28)

 それからの数日は、何をどうしたのか一々覚えていられない程色々あった。

 本格的に、奏と八木崎のおばさんとの生活が始まって、二人に近所を案内したり、家事の分担とか、生活上の大まかなルールを決めたりした。

 その間にも、都陽という子が今度は一人で家に遊びに来たり、奏に行かせる訳にはいかないので、俺が駅まで送って行ったりした。

 正直、駅までが遠かった。ずっと無言は気まずいので、当たり障りのない会話をしようとしたが、当然うまくいかない。

 仕方なく、初対面で怖がらせてしまった事を謝ってみた。都陽という子は、ポカンとしていた。

 さらに追加で謝ろうとする俺の言葉を、都陽という子が遮った。

 あれは、奏の連絡先を自分が教えてしまったことを責められるのではないかと緊張していただけで、俺の事は別に怖いと思っていないとの事だった。

 俺は、何故かホッとした。それからは、お互いに奏との思い出話をしていたら、すぐに駅に着いた。

 俺は、ホームまで見送りに行こうとしたが、都陽という子はそこまでしてもらうのは申し訳ないと断った。

 結局、俺達は改札口で別れた。最後に、都陽という子に奏の為に転校までしてくれた事への感謝を伝えた。

 都陽という子は、何か言いかけたが途中でやめてしまった。「どうしたの?」と聞こうとする俺に、都陽という子は微笑みかけ、「また学校で」と言い残し帰って行った。

 都陽という子の背中を見送っている内に、どっと疲れがでた。しばらくその場から動きたくなかったが、すぐに奏にメールしてから帰宅した。

 後は、警備会社の工事に立ち会ったり、奏の家で色々手伝ったりしている内に、あっという間に月曜日だった。

 今日は、奏と都陽という子が転校してくる日だ。

 俺は、いつもより少し早く奏と一緒に家を出た。

「どう? 似合ってる?」

「うん、似合ってると思うよ」

 真新しい学生鞄を肩にかけた奏が、俺に微笑みかけた。

 以前の女子校の制服も似合っていたが、うちの制服も悪くないと思った。

「今日から一緒の学校だね」

「そうだね」

「嬉しい?」

「う、うん……」

 上機嫌な奏とは対照的に、俺は徐々に緊張していくのを感じていた。

 既に、ここは外だ。学校までは数分だが、その間に何が起こっても対処で
きるようにしないといけない。

 俺は、周囲の状況を確認した。

 元実習生はいないようだが、油断は禁物だ。俺には、写メを見た程度の予
備知識しかない。面識のない相手だけに、後手に回る危険性がある。

 俺は、奏の少し後ろをついて歩くことにした。

「並んで歩いてくれないの?」

「校舎の中に入ってからね」

「そう……」

 奏は少し残念そうだったが、こればかりは譲る訳にはいかない。

 俺は、奏に念を押した。

「一応、周りは警戒しておいてね」

「分かった」

 それから校門まではすぐだった。

 いつものように生活指導の教師と、何とか委員が立っていた。

 奏と俺は適当に挨拶を済ませると、足早に校舎に向かった。

 既に、周囲の視線が痛かった。

 奏はとにかく目立つ。一緒にいるだけで俺まで注目を浴びてしまうのは仕
方がない事だ。

 俺達は、玄関を抜けた。そこには一年から三年までの下駄箱が並んでい
る。

 俺は、自分の場所に向かう前に奏に声をかけた。

「俺、靴履き替えるけど、奏はどうする?」

「ここって土足禁止だよね?」

「うん、そう言えば、奏って、上履き持ってる? 前もって言っとけばよか
ったかな?」

「大丈夫。転校手続きの時に聞いて用意してあるから」

「良かった。じゃあ、奏はまだ靴箱ないと思うけど、どうする?」

「一応、上履き用の袋があるから、外履きの靴はそれに入れて持ち運ぶこと
にするよ」

「なら大丈夫だね。じゃあ一緒に行く?」

「うん、並んで歩こうね」

「そうだね。そうしよっか?」

「うんっ!」

 奏は、何故か嬉しそうだった。俺の隣で靴を履き替え、そのまま俺の横を
歩いた。

「奏はこれから職員室だよね?」

「うん、峻はどうするの?」

「一応、ついていくよ。この先、段差あるから気を付けてね」

「あっ、本当だ」

「そう言えば、職員室の場所は分かる?」

「どこ?」

「すぐそこ」

「そっか、もう着いちゃうのか。残念」

 頬を膨らませる奏。残念ながら、昇降口を抜けると、職員室はすぐ隣だ。

 若干名残惜しい気はしたが、それ程時間に余裕がある訳でもない。

 とりあえず、職員室に奏が入るのを見届けたら、俺は教室に向かうつもり
だった。

 そう言えば、都陽という子はどうしたんだろうなどと考えていると、突然
甲高い声がした。

「良かったぁ。奏ちゃんがいたぁ」

 俺は、思わず二度見した。

 都陽という子は、女子校の制服を着ていた。

 さすがにこの短期間に「オーダーメイド」は間に合わなかったんだろう。

 いつからここにいたのか分からないが、一人だけ違う制服を着ていると、
アウェイ感がすごかったに違いない。何だか悪いことをしてしまった。

 そんな事を考えていると、突然後ろからウザすぎる声がした。

「あれぇ、叶野君が女子と一緒にいるぅ」

 佐伯だった。

 よりによってこのタイミングはまずい。

 都陽という子だけでも持て余し気味なのに、もう一人のモンスターを飼い
馴らす余裕なんてない。

 本当に勘弁して欲しいと思っていると、悪魔がいきなりぶっこんできた。

「ねぇねぇ、君達転校生? っていうか、お前ちびっ子じゃん」

 あああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……俺は、頭を抱えた。

 一瞬、意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。

 言いおった。こいつ一番言っちゃいけない事を言っちまいやがった。

 俺は思わず奏を見た。

 特に、動揺した様子はなかった。

 大丈夫なのか? この子、この程度じゃ泣かないのか?

 おろおろする俺をよそに、都陽という子はクソ下衆屑野郎に平然と対応し
た。

「相変わらず失礼な人ですね。変なあだ名で呼ぶのやめてくれませんか?」

「いいじゃん。久しぶりなんだし」

「別に、あなたに会っても嬉しくないです」

「そんな事言わないでよ。五年ぶりくらいじゃん」

「五年経ってもあなたは変わりませんね」

「そう? 俺、若い?」

「ハイハイ、ソウデスネ」

 俺は、もう限界だった。

 これ以上はメンタルが持たない。

 俺は、また奏を見た。

 奏は黙って頷いた。

「おーい、ちょっといいかぁ?」

 俺は、佐伯の耳を引っ張り、そのまま教室に連行した。

 これ以上引っ掻き回されるのはノーサンキューだ。

「痛てててて。おいいぃ、やめぇろぉよぉおおおお」

 俺は、暴れる佐伯の鳩尾に軽く入れると、ヘッドロックの体勢になった。

 出来れば奏達が職員室に入るまで付き添いたかったが、今はこの悪魔の始
末が先だ。

 俺は、佐伯を引きずって歩くと、廊下の角で奏に手を振った。

 ついでに確認すると、都陽という子は腕組みをして眉間に皺を寄せてい
た。どうやら、佐伯と色々あったようだ。

「また後でね」

 後ろから奏の声がした。

 俺は、もう一度手を振った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?