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天敵彼女 (33)

 だんだん胸焼けがひどくなってきた。

 俺は、奏とおそろい弁当なのを佐伯に知られたくない一心で、不都合なものを腹の中に隠した。

 その間、奏も早坂も驚いた様子で俺のがっつき具合を見守っていた。

 本来、食事というものは、特に会食は会話を楽しみながら行うものだって俺でも分かっている。

 少なくとも、白昼堂々自分の意思に反する行動をしてしまう程、俺の同一性は崩壊していない。

 幼少期のトラウマは多少残っているが、俺の精神は耗弱も喪失もしていないはずだ。

 そんな俺を非常識な行動に駆り立てたのは、「さ」で始まり「き」で終わるあいつだ。

 許すまじ佐伯……おかずを六割程度片付けた所で、俺は箸を止めた。

 単純にむせてしまったからだ。

 俺は口元をおさえ、しばらくせき込んだ後、ゆっくりお茶を流し込んだ。

 我ながら異様な光景だったと思う。

 当然、早坂はドン引き。クラスメイトも怪訝な表情を浮かべていた。

「峻、大丈夫?」

 そんなヤバい奴を唯一心配してくれたのは奏だけだった。

 俺は、きつめの酸が上がってくる中、何とか言葉を絞り出した。

「う……うぷ、だい……丈夫」

「無理に急いで食べるからよ。別に、誰に見られたっていいじゃない。私
達、家が隣同士なんだし、わざわざ別々に作るのも変でしょ?」

 周囲がざわついた気がしたが、俺は顔を上げる気になれなかった。まだ、気分が悪かったからだ。

 やはり普段ゆっくり食べるタイプの俺に、フートファイトは無理だったようだ。

「もう慌てて食べるからそうなるんだよ」

 そう言いながら、奏が俺の背中をさすってくれた。何だか色々申し訳なかった。

 また、教室がざわついたが、奏は全く気にしていないようだった。

 この度胸はどこから来るんだ? 今更ながら、俺は自分のクソ雑魚豆腐メンタルが情けなくなった。

(へぇ……)

 一瞬、誰かの声が聞こえた気がしたが、俺は気にしない事にした。

「ごめん。普通に食べよう」

「そうだね。都陽もごめんね。峻なりに気を使ってくれたんだけど、ちょっと空回りしちゃったみたい」

「ああ……」

 早坂の訳知り顔。

 俺は、穴があったら入りたい気分になった。

 それからは、普通に弁当を食べ、それなりに奏達との会話を楽しんだ。

 何故か、佐伯は姿を現さなかったが、もうどうでもいい。

 奏達は、昼食後教室を出ていった。良く分からないが色々準備があるんだろう。

 俺は、二人を見送ることにして、帰り方が分からなくなったらメールするようにだけ言った。

「ちょっと行ってくるね。一応スマホ持っていくから」

「奏、行こう。叶野さん、少し休んでください。顔色悪いですよ」

「そうするよ。ありがとう」

「そそそ、それがいい……です。じゃあ、行きますね」

「気を付けて」

 俺は、早坂に手を振った。

 奏も少し遅れて早坂の後を追った。

「じゃあ、またね」

「うん」

 俺は、二人の姿が廊下に消えたのを確認すると、鳩尾をさすり机に突っ伏した。

 まだ、胸焼けが残っていた。

 最悪、胃薬案件だな……俺は、ゆっくり息を吐くと、顔を上げ窓の外を見た。

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