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いつまでもヒーローな君へ【谷口雄也 引退】

2017年の春に彼が大きな手術をしてから、この日がやってくる覚悟はもうずっと決めていたつもりだった。それなのに、涙はどうしたって出てしまった。2021年10月25日、谷口雄也選手の引退が発表されたのである。

このニュースを私はバイト先の同僚から聞いた。この日までファイターズが来季契約を結ばない発表をしたのは斎藤佑樹投手と育成の海老原一佳選手の2選手だけ。シーズン終盤、ようやく今季の終点が近づいた頃で第一次戦力外通告の締切が迫っていたからこそ、ファイターズも複数人の戦力外を発表するのではないかとその日の朝から身構えていた。何となく憂鬱で、それでも忙しさの中で何も考えないようにしていたけれど、やっぱり気になって仕方なかった。もしかしたら、来季も契約出来るかもしれない。そう思いながら今季の良かったところを頭の中でたくさん思い描いて、大丈夫だと言い聞かせるのは毎年のこと。それでも、各種スポーツ紙はそれぞれの専属カメラマンが撮った選りすぐりの素敵な笑顔を見せる谷口雄也見出しに使って、「引退を発表」と綴っていた。Twitterにもおすすめ欄に大きく写真と共に「引退」の文字があったから、現実として受け止めるしかなかった。

そもそも、私が谷口雄也という選手を知ったのは2012年。当時、私は中学生で、野球は女の子の見るものではなかったし、野球を好きだということを周囲に明かすことがとても越えられないハードルのように感じていた時期だった。野球にハマったきっかけの森本稀哲が球団を去り、応援したい選手がいなくなってしまった身としては、もう時期野球の熱からも冷めるかなと思っていた頃だった。

その日、一軍に昇格してきた高卒2年目のルーキーは、ライトのポジションにいた。今でこそ下半身がしっかりとしている谷口だが、当時はまだ一軍のレギュラー陣には及ばないほど細くて軽い見た目をしていた。皆も知る通り、某女優に似ていると騒がれていたこともあり、こんな可愛らしい子がどんなプレーをするのだろうと興味がわいた。すると、彼はホームに向かってまっすぐ矢のように返球をしたのである。コリジョンなどない当時はホームクロスプレー、捕手ががっちりブロックしてアウトにして見せたのである。野球で一番好きなのはどんな大きな当たりでも豪速球でもなく、外野からのレーザービームだった私にとって、惹かれる要因しかないプレーだった。以来、ファイターズ箱推しでありながらその背中を応援し続けてきた。

それでも、私が球場でその姿を見たのはおそらく片手に収まる程度の回数しかない。1年に1度くらいだったが、その度に体がどんどん大きく逞しくなっているのを感じられて嬉しかった。だが、一軍にすぐ昇格すると常に信じて二軍戦は絶対に見に行かないと決めていたために、彼の姿を直接見たことがほとんどない。今となってはそれを少し後悔する自分もいるが、テレビの中で躍動する姿を何度も見たからそれだけで十分だと思う自分もいる。テレビで見た多くの輝かしいシーンは今も胸に刻まれている。

例えば、私が一番最初に谷口雄也を認知して一気に好きになった2012年9月4日の楽天戦だ。一軍昇格即スタメンという緊張の中、レーザービームで本塁を刺し、その強肩ぶりをアピールした。翌日プロ初安打初打点を記録するなど、目覚しいデビューとなった。それから2015年の6月2日の広島戦も忘れてはいけない。前日は23歳の誕生日。初の広島での試合出場となった谷口は、降りしきる雨の中、広島のエースで被本塁打ゼロというまさに難解不落の前田健太投手から代打でバックスクリーンへ本塁打を放った。チームはその後追い上げを見せ、9回には魂の押し出し四球を選びチームに勝利を呼び込んだ。その後、手術を受けた谷口の復帰戦では2019年5月11日と12日の西武戦が印象的だ。新時代の幕開けの象徴をイメージしたニューグリーンの北海道シリーズ特別ユニフォームがよく似合っていたのを覚えている。この試合で谷口は11日には965日ぶりの安打、翌12日には1088日ぶりとなる本塁打を放った。テレビの前であれほど号泣した試合は後にも先にもないだろう。

そして、谷口についてはどうしても忘れられない場面がある。それは2018年9月6日の鎌ヶ谷での二軍戦での一コマだ。この日は早朝に北海道を大地震が襲い、多くの被害が出ていた。午後に行われた試合で谷口はヒーローインタビューに立っていた。その時の映像が球団公式YouTubeに残っている。

「かわいすぎるスラッガー」と言われ続けたが、闘志溢れるプレーや漢気溢れる姿には幾度も目頭が熱くなった。怪我をしてどれほど辛く歯がゆい思いをしたのか、私にはどうしたって分からないけれど、プロの選手として人前に立ち何かを魅せる仕事をこんなにもかっこよくしている人を応援できていることを誇らしく思った瞬間だった。

そして今日。10月26日のホーム最終戦が事実上の引退試合となった。緊迫した試合はエース上沢が完璧に相手を封じながらも、打線にあと一本が出ず、終盤を迎えていた。7回裏に相手先発の與座海人からリリーフの森脇亮介にスイッチし、簡単にアウトを2つ取られたところで代打で谷口雄也の名前がコールされる。最終打席は聞き馴染んだ登場曲であるV6の「サンダーバード-your voice-」と共に打席に入った。大きく息を吐いてからの初球、強く振り抜いたバットに乗せられて打球はレフト前に弾んだ。ずっと描き続けた逆方向への谷口雄也の最終打席に最も相応しい当たりだった。登場からその後までずっと涙が止まらなかった。まだやってほしいと思うほど、美しい軌道だったと思う。最後の最後に最高の姿を見せてくれて胸がいっぱいになった。

野球に出会って、一度離れてしまおうと思った時に出会い、今日までずっと一番好きな選手だった谷口雄也選手。11年間のプロ生活お疲れ様でした。インコースを振り抜くバッティングも、強い肩を活かしての返球も、打席の中での鋭い目付きも、ベンチ内での選手交流も、どんな場面も大好きでした。ファイターズに入団してくれてありがとう。出会えて本当に幸せでした。これからの人生が素敵で素晴らしいものになるよう願っています。

今日が終わっても、ずっとずっとファイターズがある限り、私は谷口雄也のレプリカユニフォームを着て球場に足を運ぶだろう。野球を好きになってこの選手に出会えて本当に良かったと心の底から思うことが出来て、ファンでよかったなと感じた。改めて本当にお疲れ様。いつだってチームを救いファンに応えてくれたヒーローのことを、私はこれからもずっと応援し続ける。

使用写真・映像元
Full-Count
北海道日本ハムファイターズ球団公式YouTubeチャンネル
谷口雄也公式Twitter
日刊スポーツ

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