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ちょっとした変化。

谷村新司さんのサライが歌えるようになった。

私には意味不明な歌詞も、

飛ばしたり、詰まったりせず、

声に出して歌えるようになった。

まぁ、違和感はあるけどね。



実は生保になる準備をしていた頃に、

「治療が進んで、❝仕事が可能❞になったら遠くに越そう」

そう思ってから、いま住んでいるマンションが私の故郷になるんだと感じ始めた。


〽若い日の父と母に包まれて過ぎた…
 柔らかな日々の暮らしをなぞりながら生きる…


父と母は私自身だもんね。

あの人たちが問題起こすと、幼い私が妹を抱きかかえて公園に避難した。

あの家に本当の大人なんかいなかったんだから。
私の家は彼処じゃない。


だとしたら、私の故郷はいま住んでいる此処だ。


そう思うと、
いつもの夕焼けも
「いつかは思い出…か…」
と。


もともと日本国内は何ヶ所か引っ越していて、案外どこへ行ったってご飯は自分が作るから食事は困らなかったしね。

一人暮らしも2.5〜3.5度目だし、次は四度目か。

ホームシックになったことは一度もないし(当たり前なんだけどね)。



〽いつか帰る
 いつか帰る
 きっと帰るから



たぶん、私みたいなのは、そのとき私がいる場所が「家」で、帰るとしたら其処だし。

もっと言うなら「私へ還るところへ帰る」んだろうな。

そんなこと思いながら、窓辺でお茶を飲む。



いや、いまがサライで歌われている、

〽動きはじめた汽車の窓辺を
 流れていく景色だけをじっと見ていた

まだ、ココかもしれない。




もともと好奇心旺盛で出ずっぱり。

そのくせ一人が好きで(ごめん、いま自動変換で❝ニトリが好きで❞って出た😂)、深く考えるタイプ。
静かな時間も必要不可欠なヤツ。


相反するようだけど、

つまりどこへでも行けて、どこでも自分に還れる人になれる気がしている。



正直、県内だと曝露療法しかないから怖いし、腰が引けてる。


ただ、サライが歌えるようになった自分の変化を「あ…なんか変わった」受け入れた。




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