私は #レペゼン地球 を好きでいたかった
私はYouTubeの好きなただの18歳女子大生で、好きなYouTuberとコラボしていたレペゼン地球は、人を魅了する表現者として好きだった。情熱があって、真っ直ぐで、表現のために仕掛けられたトリックも含めて、「努力」のできるアーティストだと思っていた。
けれど私は同時に、#metoo について研究した1人だった。私の見た#metooの現状は、自分の受けた被害を訴える人の勇気が、妄想や悪意によって潰される。そうやって傷つく人が減るような社会を目指すためには、守る人が批判されるべきでないと思っていた。
私の好きだと思った表現者は私が1番嫌いなことをした。
レペゼン地球の売り出したかったジャスミンに、嘘のパワハラ告発をさせて、炎上。それでプロモーションとした。しかも曲の中では、俺たちみたいなやつらがどうして売れたらいいんだよって立場をとる。
まるでこれまでファンとしてついてきた人を信頼しない態度。
影響力という武器でこれまで努力してきた人を傷つけること、そしてそれを知ろうとしない思考停止状態。
正直あっぱれと言いたいほど掌の上で踊らされた感覚になるけれど、もうこの人たちの掌の上にある魅力は限界が見えた。正しいとか正しくない以上に、もうおもしろくない。
ファンを傷つけないと知名度を得られないアーティストは嫌いだ。
けれど、規制はされて欲しくない。だってこれも表現だから。誰かを傷つけたとしても、アートは、エンターテインメントは、なくなってほしくない。許されないとしても、彼らはアーティストだから。消費されて、消えてなくなればいい。
彼らはこんな批判や感想文を見て、謝ったり、方向性を変えない。アーティストだから。それでいいんだ。
私はレペゼン地球のモラルが正しいと思わない。批判もされるべき。人を辛い思いにさせているから。
私は好きでいたことを後悔したから。恥だと感じたから。
こうやって私はちゃんとこの気持ちを今書き記しておきたいと思ったから、わかりやすい形で残しておくことにした。
公開したのは、最後に言いたいことがあるから。それは、こうやって思ってることを話すことができる時代に話さないことはリスキーだってこと。
心の中で賛成していることとか、正義だと思ってることは、強い力を持った誰かによって悪とされてしまうかもしれない。だから声を上げて、大きい声に負けないように、いろんな立場の人が伝えないと。
たぶん今、あなたが伝えないと。
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