022-ノンディアリティー目覚めの世界

 わー。。前から更新めっちゃ滞ってる間に、あれよあれよと世界が一変しました。理想のマイホームで新生活初めております。家、最高すぎる。そしてそして引っ越し後、いきなりなんぞやってタイトルやけど、目覚めが起こりました。

 は?って感じやけど。実際、意識の授業受けたり、ファスティングで食べる瞑想したりと行動は確かに目覚めのためのようなことをしてたけど、関係あるようでなかった(笑)いまの時代、本当に修行なしで目覚められるようになってるんやなーと実感。

 さてさて、ノンデュアリティとは非二元性を説明される概念のことです。OSHOという人の本読んだり、阿部敏郎さんという方の本を読んだりして、真実の世界というものの面白さや、一時的な心の平安を得ていたのですが、バタ足!ノンディアリティという本を読んだら、「え? 目覚めってこのことかい」っていうのが一気にわかって、覚醒しました。

 そんで言えるのが、OSHOさんの表現とか、津留晃一さんの表現とか? なんかあの語り口の世界観がノンディアリティってもんの凄く神秘的なここではないどこか素晴らしい世界が広がって居るような、なんか高尚なことのように感じてたけど、全然違いました。

 むしろ、ずっとここにあった、以上。って感じでした。でも、気づいてなかったから実感として感じることができてなかったんです。

 私は自己肯定感を上げるためのご自愛のプロ(?)としてかつて仕事をしてましたのですが、感情を感じ切ることや概念を見つけること、それこそ引き寄せの法則も取り入れ人生を好転させたんです。

 これすらも、この目覚めのための布石でしかなったのでした。

 体のことを学びまくったのも、すべてここに答えがありました。答えっつーか常に真実に触れてた。だから惹かれてたんだなっていうのがわかりました。

 ちょっとこれからこの非二元の視点(でもないけど)から今までやってきたことが何のためにやってたのかわかったので私なりの見解を書いていくことにしようかな。

 心の授業で苦悩の状態から美しい心の状態を抜けるための内観を100日チャレンジとして書き記してたけど、終わります(笑)美しい心の状態って、この目覚めのことやったんやとわかったから。真実の探求、終わってしまったから。

 ただ、この目覚め、悟ったわけではないので、いつでも眠りに入っちゃうんですわ(笑)だからやっていくことは全然変わらない。

 自分の感覚を受け入れていく。

 もうね、これだけだよ。ずっとただただやってきたことなんだけど。

 そしたら、「私というものはいない」っていう実感がやってきました。わたしもいなければ他の誰かっていうのもいないっていう。感覚があるだけ。マジでこれが自動で起こっているっていうことがわかりました。

 だから、悩みも問題もなくなってしまう。わたしという中に入り込むと悩めて、出ると悩めない(笑)なんか面白い世界にやってきたような感じです。

 ノンディアリティで生きる、がこれからのステージなのかな(ノンディアリティ的に表現するとステージとかいうものもないんだろうけどね。)

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