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ももたろう (リメイク版)


「おい。赤鬼はどうした?」
眉間に深くシワを寄せ、親分が凄む赤ら顔を突き出して酒を煽りながら聞いてきた。
いつもこうだ。深酒になると、途端に酒癖が悪くなる。ついさっきまで、昔付き合って寝た女の数を自慢していたのに、どうしてこうもネタが尽きてくるところで、些細に感じる憤りがあると直ぐ苛立ちをぶつけてくるのだ。
「さぁ、分かりません。確か新しい酒を取りに行ってくるとかで、出てったきりです」
20〜30分前のことだ。赤鬼の兄貴がそろそろ少なくなってきた酒便を見るなり追加を取ってくるから、親分の相手をしてろと言っていた。それなのに、まったく戻って来る様子もない。これはアレだ。たまに赤鬼の兄貴もよくあるのさ。子分が何人か出来たから、喧嘩の仕方を教えてやるとかで、丁寧にパンチのやり方とかを一人一人にアドバイスをする癖があるんだよな。第一子分はさ、俺一人で十分なのにな。まったく。
「だったら、お前見て来いよ。んで、追加の酒を取って来い」
そう言葉をするなり、親分は横になって目を閉じた。
はぁ、そのまま寝てくれよ。できれば明日の朝まで起きてこないで欲しい。
「へい。分かりました」
そっと腰を上げて、静かに寝息を立て出した親分の洞穴から外へ出た。外と言っても、岩場だらけの空洞だけどよ。さて、長い長い空洞を歩いていると、なにやら出口付近が騒がしく聞こえた。
あーあ、ほーら言わんこっちゃない。やっぱり、赤鬼の兄貴は、子分相手にまた喧嘩の仕方を教えているのだ。なんかもう、どうでもよい気がした。
分かっているさ。これがな、俺の嫉妬と言うくらいには自覚あるわけよ。でも赤鬼の兄貴はこの世で一人なのだ。いつかで良い。そう、いつかは「舎弟はお前だけだ」みたいに言ってくれたらよぅ。あーまじでそう言ってほしい!
めくるめくそんな妄想に耽っていたら、出口方向からヨロヨロと歩いてくる奴がいた。
俺の目は正直、良くない。半径5メール付近くらいにならないと、ハッキリと顔は分からないわけよ。だから誰がやってくるのか、すぐ近くまで来ないと判別できねぇから「おう、赤鬼の兄貴のパンチはどうだったよ?」と気軽に話しかけた。
「つ、強え…」
俺の目の前で、そいつは俺の足元に倒れた。相手をよく見る。

いや、そんな…ありえない!

赤鬼の兄貴だ。赤鬼の兄貴が、口から真っ赤に出血して白目を剥いていたんだ。
「おい、嘘だろ!」
しゃがみこみ体を起こすと、辛うじて息はあった。薄く呼吸をしながら口から次々に唾液と共に血を流していた。
「兄貴、どうしたんだ一体。赤鬼の兄貴!」
俺の声にまるで反応しない。兄貴に何があったんだ。考えたくないことが、この先の出入り口付近で起きたらしい。
やばい。これは、クソやばい事態だ。赤鬼の兄貴よりもクソ強ぇ奴がこの先にいるって事だろ?
親分に知らせるべきか。
俺は頭を振った。そうじゃねぇ。俺は、赤鬼の兄貴に、とことん喧嘩のイロハを教えて貰ったんだよ! 何もせずに、何もやらずに、兄貴がやられたことを親分に報告だけするのか?
抱き起こした兄貴をそっと下ろした。深呼吸を一つして、自分の顔をべちんと両手で挟むように頬を叩いた。
絶対にゆるさねぇ! 赤鬼の兄貴をこんなことにした罪はよお、生きて返さねえ。それが、子分の反乱でも、他のシマの鬼供でも、それか何者かの不法侵入でもよお、俺は絶対に許さねえ。絶対に殺す!
踵を思い切り蹴って、騒がしい出口に向かって俺は走り出した。
「うおおおおおおおおおお兄貴を殴ったのはどこのクソ馬鹿だああああああああ!」

俺は、全速力で走った。無我夢中で走って、だんだんと見えてくる景色を見つめた。半径およそ50メートル先で、白い何かは蠢いていて、空中で動く緑色の何かはバタバタと羽ばたき、すばしっこく茶色い何かは壁を伝っていて、そしてキラリと光る玩具を振り回す何かが激しく暴れまわっているのが、ぼんやりと見えた。
俺は兄貴直伝のパンチを繰り出した。キラリと光る玩具を繰りかざしてきた男の腹に、俺の拳は確かに入った。後方にすっ転ぶ男は、いとも簡単に盛大にぶっ倒れた。
「この野郎、桃太郎さんに何をするんだ!」
横から間髪なく白い噛み付きが俺の腕に激痛をもたらした。あまりにも痛すぎて声にならない。
勢いよく振り払い、白い生き物をなぎ払った。
青い血しぶきが周囲に撒き散る。
「痛ぇ!」
ようやく呻き声が思わず漏れるとき、俺の腹には更に鈍痛が響いた。スローモーションのように下を見ると、茶色い毛玉みたいな奴が俺の腹のど真ん中を頭突きしていた。またも声にならない。そのまま後方に倒れると、俺は尻餅をついた。
「大丈夫ですかっ桃太郎さん!」
バサバサと動かしながら空中を舞う生き物は、必死に呼び掛けていた。
「大丈夫だよ。これくらい何ともないさ」
よろりと立ち上がった男は、一歩一歩進んで、俺を見下ろした。
「さぁ観念するんだ。村人から取り上げた財宝を返してもらうよ。僕は命までは取らない。いいかい。また村人を狙うことがあったら承知しないからね」
俺を見下ろした男は、白い生き物と、緑の生き物と、茶色い生き物を引き連れて、洞穴の奥へ進んで行った。
俺はその一行を見つめて、体の全身から血の気が引くのを感じた。
絶望しかなかった。
だってよう、俺は交渉を挟む余地すらなかったんだぜ。
「兄貴、ゴメンよぅ。俺は、鬼検定5級なんだよ。あいつが今言った言葉、マジでワケ分かんねぇんだけど!」
俺は頭をガシガシと掻いた。

人語ってさ、この世で一番理解できないから、ほんとマジ嫌いだわ。


了.

宝城亘.


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