自動筆記/2023.10.19(5分間)

六月の雨が降る夜のことだった。ひとつだけそこにあったたんぽぽがやせ細って空を見上げていた。何もないような気がしていたのにそこには小さなトンネルがあって、そこを通ってくる人たちはみんななごやかに穏やかに笑っていた。少し不思議な人たちだと思った。だからといって彼らをさげすむことはなく、僕たちはそのまろやかな瞳に見とれていた。苦しみには魂が宿る。言葉がなにも生まれないまま、夕方過ぎに止んだ雨がはじめて僕たちの前に姿を現した。虹よりも先に橋が壊れていった。そこにいた人は振り向きもせず、僕に手を振ることもなくどこかへ行ってしまった。走っても走っても答えは出なかった。ただ勇気がないことだけが明白だった。ずっとほしかったのだ。ほしくてほしくてしょうがなかったのに、手のひらからどんどん零れ落ちてしまった。結局なにひとつ持っていない。夢だけがあった。水を飲んでも満たされなかった。駆け抜けてもどんどん追いかけてくる恐怖だけが僕を支配していた。風船がはじけるみたいにして朝がやってきた。晴れやかな太陽は君を照らすことなくどこか遠いところで静かにまたたいている。

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